第4話

「いやぁーやっぱり柳……じゃなくて今は先生、か。先生のテクは最高ね。もう身も心もとろっとろ」

 時刻は正午を回った。裸のままベッドに横たわる柚子と、脱ぎ散らかした服を片付ける私。

「ピースが二つしかないパズルみたい」

 無理やりさせておいてよく言う。

 そして私も、無理やりやらされてよく出来たものだ。

 碧花の前では大人しくすることが多いため、この悪魔を満足させられることが果たしてできるのか心配がなかったわけではないが、杞憂に終わった。

 指先から舌の根まで、彼女を喜ばせるための器官は主の帰還を知った途端跳ねるように目覚め、嬌声を聞くために躍動してみせた。

「しっかし……」

 既に部屋着を纏った私の身体を睨め付け、柚子は言う。

「すごい体だったわね。昔を思い出す」

 勝手に私の腕を掴むと自身の元に引き寄せ、力ずくで胸元をこじ開けられた。

「そうそう、私もよく痣だらけこんな風にしてた。今の彼女、昔の私くらい独占欲強いの? それは大変ねぇ」

「満足したなら帰ってよ」

 耳元で囁かれる甘い声音に酔ってしまうのが怖くて、私はなんとか腕からの脱出を試みるも――

「満足? してるわけないでしょ」

 ――かつて私を開拓しきったその指先が、再び私の身体を這って――

「柳の方が」

 ――碧花の知らない私が蹂躙される。


 ×


 結局人間は支配されたいのだ。いつだって支配者を求めている。支配者への上手な媚び方を学ぶために学校へ行き、社会に出ると新たな支配者を見つけ媚びる。

 いや……こんなのは言い訳か。ただ、彼女を受け入れてしまう弱い心に対する、言い訳。

「今度ここに来たら……きっと貴女を殺すわ」

 言い訳なんかする前に、さっさとこの弱い心を殺さなくては。これ以上引きずれば、必ず碧花を悲しませることになるのだから。

「じゃあ、死にたくなったらまた来るわね」

 日が暮れようとするまで身体を重ね合わせ、優雅にシャワーを浴びた後、柚子は高級なジャケットに袖を通しながら答える。

「ふふ、私にそんな目ができちゃうほど、柳は他で満たされたんだね」

 冗句で返した柚子へ瞳で本気の意志を伝えると、彼女は悲しく嗤った。

「はぁ、経営者失敗だな。あの時、スカウトの話を蹴っていればって何回も思っちゃう。タラレバなんて意味ないのにね」

 昔はその悲しい嗤いを、涙声を聞きたくなくて必死だった。私には柚子しかいなかったから。そして柚子にも私しかいなかったから。

 しかしもう、今は違う。お互い大人になった。もういいじゃないか。私も柚子も、次に進むべきだ。 

「言っておくけど」

 しかし彼女は靴を履きながら、私の思いとは真逆の言葉を口にした。

「柳は一生、私に縛られて生きていくんだからね」

 睨みつけることしかできない私へ、ヘラヘラと嗤いながら放たれたその言葉。彼女がこの口調で言う台詞に嘘がないことを、身に沁みて理解している。

「私を幸せに出来なかった女を、幸せにするつもりなんてさらさら無いから」

 いつでも帰ってくる。好きなタイミングで私を使う。そう言いたげに柚子が颯爽とドアを開いたその先に――碧花が、いた。

「あら、こんばんは」

「こんばんは」

 無機質な挨拶と無機質な返答がぶつかる。

 柚子からすればなんてことない事象だとしても、彼女の部屋から見知らぬ女が出てきたことに碧花が驚いている様子はない。一体いつからそこに……?

「貴女、柳の彼女さん?」

「そうですけど、なにか?」

「いいえ。素敵な目をしてるわ。昔の私にそっくり」

 去り際に柚子が、掠れた嗤い混じりに放った言葉が――

「今度は貴女が柳を追い詰める番ね」

 ――碧花の澄んだ瞳に重なって、そこに一滴の淀みが生まれた瞬間を、私は見た。

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