水曜日・2
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「はぁ……ただいまハピちゃん。やっと君のご奉仕が受けられるよ……この場所だけが私にとっての救いだ……」
ここは女性専用のメイド喫茶【
高校進学と共に上京するに当たってバイト先のリサーチを綿密に行ったけれど、ここしかないと本能が告げ虎を殺す勢いで面接にあたり、無事就いてから既に二ヶ月目。ご指名くださる常連様も二人ゲットした。
「お嬢様、今日もお疲れですね。まずはてもみんコースはいかがでしょうか」
「ああいいね。ドリンクはいつもので頼むよ」
「かしこまりましたっ」
専用のスマホを操作し、燃え萌えこ~ひ~(インスタントのホットコーヒー)を注文。白い手袋をつけて
「ふふ。いいなぁ綿の手袋。たまらないよ」
「お褒めに預かり光栄ですっ」
「そうそう、この絶対なんの効力もなさそうな手もみマッサージ……気持ちいいなぁ」
絶対なんの効力もないです、はい。良さげな力加減で揉んでるだけですし。
「……そしてなんと言っても……ああハピちゃん、マイ・フェイバリット・メイド……」
ハピちゃんと言うのは……まぁ私のことだ。有喜だからハッピーだね、店長に言われて泣く泣く……もっといいのあったでしょ……。
「お嬢様、今日はいつにも増して弱ってますね。膝枕はいかがですか?」
「しゅるしゅる~!!!」
と、言った具合でオプションをガンガン付けていただき、インセンティブで給料を割増していくのが私のお仕事。でもほら、Win-Winだから。
「あー太ももやらかぁ! しかも見上げれば美少女! はぁ……天国……このためだけに働いてる……」
美少女……。メイクはね、結構研究してきましたから。カワイイは作れますから。はぁ先輩みたいにナチュラルメイクでも、ともすればノーメイクでもカワイイ美少女に生まれてきたかった。
「ハピちゃん、撫で無でも追加で」
「はぁいかしこまりました~! お嬢様はいい子ですねぇ。頑張って頑張って……でも頑張りすぎは絶対ダメですからね。ちょっとでも疲れたら癒されに来てくださいね」
私がシフト入ってるときに、は言わずもがな。というかこの人は、来店前に私を指名してくれるのでとてもありがたい。
「は~い。これからもハピちゃんにたぁ~くさん貢ぎま~しゅ」
これまで行ってきた会話によると、久瀬様はバリキャリの営業さんらしく、そのストレスも凄まじいらしい。大人の女性って感じの魅力をもっていてさっぱりした性格だけれど、こうやって甘えてくる一面もある……ふぅ、素敵だ。
もう一人の常連さんはそっくりそのまま真逆な性格だけど、やはりいい人で顔は久瀬様と同じくらい美人。どう考えても私、恵まれ過ぎ。
このバイトはやめたくない。だけど先輩がもし知ってしまったら、この姿格好や接客スタイルが伴って『変態レズ女』というパワーワードが現実味を帯びてしまう。
それが原因でフラれるとか……嫌だ……。絶対に隠し通してみせる……!
×××
二十一時にバイトが終わり、一時間掛けて帰宅。メイクを落として冷凍のご飯をチンして適当なおかずと共に胃へ流し込む。シャワーを浴びて、明日の支度をして、布団にダイブ。
今日もとても疲れた。だけど、良い一日だった。
だって……ねぇ? 確かに登校してすぐに嫌味は言われたけど? そんなの先輩にギューしてもらったのとほっぺプニプニでプラマイゼロどころか大プラスだし?
「そうだ」
そういえばと思ってスマホのメッセージアプリを起動すると先輩から二十八件ものメッセージが寄せられていた。
これは通知をオンにしなければと思いながら内容を確認すると、
『今日は
住良木先輩というのはテニス部のエースで、主戦力である媛崎先輩よりも強い。そんな彼女に勝とうというのだ。私チャージとやらが少しでも役に立っているようで嬉しくなった。
『メッセージたくさんくれてありがとうございます。明日から通知オンにしますので、ちゃんと返せると思います』
そう打ち込んで送信すると、やはりまた、すぐに既読がついた。
『おかえりさない!』『お疲れ様!』『バイトどうだった? 変な人いなかった?』『晩ごはん何食べた?』と、メッセージが続く続く。
先輩は私の職場に変な人がいないかとても気にしてくださっているそうだが、残念ながら私が変な格好をしているし、それを目当てに来ている人たちも、世間様からすれば変なのだろう。絶対にバレたらダメだ……!
「うーん」
はて、どれから返信したものかと悩んでいると、
『一気にたくさん送っちゃってごめんね』『有喜ちゃん、好きだよ』
なんて、急にしおらしさが垣間見えて心臓が弾け飛びそうになる。
『私も先輩のこと大好きです。また匂い嗅がせてくださいね、おやすみなさい』
たぶん私がメッセージを送信し続ける限り、心優しい先輩は反応してくれて、その貴重な睡眠時間を削ってしまうだろう。
それは許されない。私如きが先輩の睡眠時間を奪うなどと言語道断。ここは断腸の思いでやりとりを終わらせよう。
『いいよ。有喜ちゃんの匂いも嗅ぐからね。おやすみ』
絵文字もスタンプも女の子女の子していて、自分との差がすんごい。こんなにたくさん使いこなせないよ~。でも……そうだよね、先輩に愛を伝えるためだ。私も少しずつこういうのも覚えていこう。
先輩からもらうだけじゃなくて、私からも、もっと先輩に喜んでもらえるなにかを、あげられるように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。