水曜日・1
次の日、体調はすっかり良くなって学校へ。
教室へ足を踏み入れた途端、クラスの女子から『あっヘンレズ来た』『遂に不登校になったとか言ってたやつだ誰だし~?』などなど、病み上がりの私へ称賛が送られる。
ちなみにヘンレズというのは、『変態レズ女』の略称だ。イントネーションは『えんぴつ』と同じ。私としては少しでもメルヘンな響きになるように『ヘンゼル』と同じイントネーションがいいのだが、提唱は憚れた(火に油かもしれないし)。
中学のときも同様の蔑称を賜っていたけれど、まさか高校にも引き継がれるなんて。いじめをするような人の思考回路はどれも同じなんだな~。
退屈な授業も終わり、帰路につく。
私は一応テニス部に所属しており、マネージャーとして備品の整理や練習のお手伝いをしている。
理由は女子テニス部が、この高校において最も女の子が多いから。ただそれだけ。
ただバイトを掛け持ちしていることもあって、部活に参加するのは月曜日、木曜日、土曜日だけだ。マネージャーは他にも二人いるし、正直その二人がいれば十分回る。
だからこそ私が部活に顔を出した日は集中砲火的な攻撃を受け、残って広大なテニスコートの整備をさせられたり、コート外に翔んでいったボールの捜索なんかをさせられたりするんだけど……別にいっか。そういう作業してたおかげで先輩と話す機会ができて、結果として……その、ウフフな感じになれたんだし。
中途半端に部活に顔を出すのがよくないものわかってはいるんだけど、だからと言ってバイトをしないわけにもいかない。一人暮らしというのは、思っていたよりもずっとお金がかかる。公務員とはいえ田舎でひっそりと暮らしている両親に頼り過ぎるのはよくないし、なるべく自立しなくては。
『今日はアルバイトの日?』
下駄箱でスマホを見ると先輩からメッセージが入っていた。(なんか可愛いネコのスタンプもセットで。)
流石は媛崎先輩。後輩の――しかも超不要マネージャーの――スケジュールまで把握しているなんて。
『はい。先輩は部活頑張ってくださいね』
返信を打つと即座に既読となり、
『ちょっとだけ会えない?』
まるでねだるようなスタンプと共にそんなメッセージが追記された。
「ごめんね、バイトの時間大丈夫?」
「まだ大丈夫ですよ。先輩こそ早くコート行かなくて大丈夫ですか? ――っ」
返事が来る前に、先輩が来た。先輩が、抱きついてきた。
「あの、先輩」
「今日はぎゅっとしていいよね」
確かにここは校舎のはずれにある非常階段。人通りがないのはぼっちマスターの私が完全把握している。だけど、その、急だ。
「だ、大丈夫、ですけど……」
大丈夫なはずだ。そんなに汗かいてないし、変な匂いもしないはず……。
「有喜ちゃん……いい匂い……」
でもやっぱり嗅がれるって恥ずかしいね! ごめんね今までこっそり匂いを嗅いできた女の子たち! 今ちゃんとされる側の気持ちを味わってるよ! これもう同時に罰みたいなもんだから許して!
「手の匂いと制服と髪……全部違って全部いい匂い……」
小学校の先生か……! みんな違ってみんないい的な……!
「シャンプーと芳香剤は安物ですよ。ハンドクリームだけはたぶん、そこそこのですけど……」
一応香りには敏感なため、こうは言ったもののそこそこ高いハンドクリームを塗りたくっている。
それで先輩が喜んでくれるなら本望だ。
「ふぅん」
と、先輩は私の手首を掴み、手のひらを自分の頬によせる。そしてスリスリしてはる。だいぶスリスリしはりますやん。なにこれえっろ。てかほっぺプニプニですやん……なんなん………? このアプローチなんなん……!!??!!?
「……ねぇ有喜ちゃん」
「は、はい」
「なんのバイトしてるの?」
「えっ」
「会いに行っていい?」
「……………………も、もちろんですよ。ちょっと遠いんですが是非きてください。雰囲気の良い喫茶店なんです」
「喫茶店? じゃあ有喜ちゃん、ウェイトレスさんやってるの?」
「そうですね、あとは簡単な調理とか」
「へぇ! 制服は? 可愛い?」
「ん~どうでしょうか、普通の地味なやつですよ。あんまり見ても面白くないかもしれません」
「そっか~……でも絶対行くね。忙しいのにありがとう有喜ちゃんっ」
私からパッと離れた先輩は、その可愛さを最大限に引き立たせる笑顔を浮かべてガッツポーズを作ってみせた。
「有喜ちゃんチャージ今日も完了です! 部活行ってきます!」
「はい、怪我だけは気をつけてくださいね」
私も先輩チャージできました。今日もお仕事がんばれます。
…………まぁ、ね。全然普通の喫茶店じゃないんですけどね。
危なかった。あの場でムキになって『絶対きちゃダメです!』とか言ってたら先輩の好奇心を煽って『じゃあ絶対行く!!』となっていたに違いない。
しかーし敢えて『普通の店だから全然来ていいですよ~まぁつまらないと思いますけどね~』というスタンスをとることで、先輩の興味も霧散したに違いない。
そう、そうであってくれないと困る。
私のバイト先に、先輩が来るなんてこと、決してあってはならないのだから。
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