火曜日・1
「はい……はい、すみません。大丈夫そうになったら行きます。あっはい。じゃあ今日は大事をとって休みます……はい、ありがとうございます」
入学してから約二ヶ月。遂にズル休みをしてしまった。いや、具合が悪いというのは存外嘘じゃない。
ありえないを百回、なんでこんなことにを千回、媛崎先輩が可愛すぎるを万回心の中で唱えていたら夜が明けてしまっていた。
これから寝ようとする堕落性を朝日が邪魔するし、なんとなく寝不足感から気持ち悪い。こんなコンディションでいつも通りいじめられてみろ、これまでは保っていたひ弱ないじめられっ子のベールが剥がれ落ち遂に『ありがとうございます』と言ってしまう可能性がある。
それはダメだ。こちらが喜んでいるとわかったら、向こうが次にしてくる対応は『無視』と相場が決まっている。
それはとてもつらいものだ。
好きな女の子たちから無視されてしまうのは、私にとってとてもつらいことなのだ。
ぼやけた意識が強制的に覚醒させられた。ピンポンが鳴っている。うるさい。
こんなとき、両親を説得して田舎から飛び出し、一人暮らしをしている自分を少しだけ馬鹿らしく思った。
ピンポンがうるさい。郵便屋さんだろうか。はやく帰ってほしい。
先輩は元気だろうか。昨日の今日で学校に来なかったら、先輩にいらぬ心配を掛けてしまわないだろうか。
ピンポンが……うるせぇぇぇえええ!!! もう我慢ならない! 一言ブチかましてやらないと気がすまない! そりゃなんか人がいる気配がするなとか思うかもしれないけどこっちはメンタル面でもフィジカル面でも体調ぐっずぐずなんじゃあ!!
「はいなんでしょうか!」
インターフォンと接続すると同時に怒りと嫌悪感を隠さずに最悪の応対態度で言い放つ。
その直後にブゥンとディスプレイに映し出されたのは。
「有喜ちゃん、大丈夫?」
首を傾げカメラを覗き込んでいる、愛しい先輩の姿だった。
「あ、は、はい」
大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない。
「そっか~良かった~。プリンよりは……さっぱりしてて食べやすいゼリーがいいかな? シャーベットも買って来たんだよ。あっあんまり食欲ない?」
「せ、先輩は……なに、食べたい、ですか?」
「私? ん~……シャーベットかな、桃味とね、ぶどう味があるの。有喜ちゃんに好きな方あげる!」
「私はどっちも好きなので、先輩の好きな方を食べてください。私はその、まだ大丈夫です。食べてる先輩を見てていいですか?」
「えっいいけど……いらないの? 見てるだけでいいの? 変な有喜ちゃん。あっじゃあ片方冷凍庫にしまっちゃうね」
1Kの小さな部屋に相応しい小さな冷蔵庫を開け、先輩は買ってきてくれた品々を仕舞ってくれている。
……。
先輩を部屋に上げてしまった!
現状が大丈夫じゃない過ぎてやばい。言語野だって大パニックだ。よく会話出来たよ私。
なんで、先輩がここに? 私の部屋に? というか今もう夕方の六時? いつの間に? あのまま寝落ちしてたってこと?
それでこれは……いわゆる……お見舞いイベント?
やばい、部屋はそんなに散らかってないけどメイクしてない。というか歯磨きは? ……私今、絶対先輩と会っちゃいけない存在だ……。
「はい、これで全部かな、好きなタイミングで食べてねって……どうしたの?」
とりあえず近くにあったぬいぐるみで顔を隠す。
「いえ、ちょっと顔を洗ってくるのでくつろいでてください」
「んー私は別に気にしないけど……有喜ちゃんが嫌なんだもんね。わかった、待ってる」
「すみません……」
いい先輩だ……! 変にいじらないし変になんか……変な感じにもしてこないし!
あーあーあんな人と付き合えたらなぁ! あんな人の恋人になれる人が羨ましいなぁ!
はぁ……それって本当に私なの? 昨日のは体調悪いときに見た夢なんじゃないの?
「混乱が……解けない……」
ウダウダと脳みそを茹だらせながら、高速で顔を洗いメイクを済ませると、先輩はオレンジジュースとシャーベットを頬張っていた。色的にたぶん桃味。可愛い。
「すみません、おまたせしました。というかろくにおもてなしもできなくて……」
「えっいいのいいのっ! 私が勝手に来ちゃったんだから!」
優しいぃ~。いい加減ボロを出してくれ~これ以上私を惚れさせてどうするんだ~。
「お見舞いに、来てくださったんですよね、ありがとうございます。差し入れまで」
「うんっお見舞いって言ったら先生が住所教えてくれたの。でもね、それ嘘なんだぁ」
嘘? こんな天使みたいな生物でも嘘つくのか……。じゃなくて、どゆこと?
「お見舞いっていうのはただの口実。私、ただ有喜ちゃんと会いたかったから」
「っ!!!」
「みんな『優しいね』とか『親切だね』とか言ってくれたけど、そんなんじゃないんだ。えへへ、ずるいよね」
ずっっっっっっっるぅ~。ズルすぎる……反則や……こんな尊い生物が存在するのがもうずるい。誰も勝てない。
「あっ、メイクしてる」
「えっあっはい。先輩にお見苦しい姿を見せるわけにはいかないので……」
「なんだぁ、ノーメイクの有喜ちゃん、きっとここでしか見られないから……私嬉しかったのになぁ」
この人……実はめちゃくちゃビッチなのでは? いろんな男やら女やら引っ掛けまくっては大量のATMを保有しているのでは? だって今私めちゃくちゃ貢ぎたいもん。バイト代全部差し出しても幸福感っていうお釣りが勝るの目に見えてるもん!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。