第20話 効かない能力。

~♪~♪~♪


「ん…」


―――…なんだ?この音…


~♪~♪~♪


「もー…うるさいなぁ…」


金雀枝(えにしだ)はベッドの上でモゾモゾとその身体を丸めながら

かかっている布団をスッポリと頭まで被(かぶ)ってその音から逃げる


~♪~♪~♪


「…う~…」


―――もしかしてコレ…携帯のアラームか…?

   だが…私の携帯のアラームに、こんな演歌調の音楽は入れてなかったと思うが…


金雀枝が布団の中で丸まりながら

止まる気配のない演歌のメロディが徐々に盛り上がりを見せていく中で

真っ暗闇の中、金雀枝が違和感を感じてその瞳を微かに開ける…


―――そもそも…私の携帯は常にバイブだ…



   じゃあ…今流れているこの音楽は一体………



「ッ!?」


金雀枝が頭まで被っていた布団を跳ね飛ばすようにして

ベッドからガバッと飛び起き、すかさず部屋の中を見回す


するとそこは何時も通りの生活感のない自分の寝室で――


「…」


―――しんしつ…寝室…だな…なんだ…ビックリしてそん…

   ――ん…?ちょっと待て…


金雀枝がボーっとした様子で部屋の中を見回しながら

ふと、あるに事に気が付く


―――私は――いつの間に自分の寝室に…?て、いうか――



   何故全裸…?



素肌に直に感じる冷たいシーツの感触に眉を顰(ひそ)めながら

金雀枝が未だスッキリとしない頭で自分の上半身に目をやると――

そこには見慣れたなまっちろい自分の肌の上に

見慣れない赤い点がいくつも浮かんでいるのが見え…


―――?なんだコレ…発疹(ほっしん)…?にしてはなんか――



『ぁっ…ぁっ…ぁっ…もっ…と…、はっン…ッ…ン…もっとほし、い…ッ…



 かがくん…ッ!』



「ッッ!?!?!?!?!?」


突然金雀枝の脳裏に、はしたなく喘(あえ)ぎねだる自分の声と――


『はっ、はっ、はっ…、ッ、金雀枝さん…っ!』


苦し気な表情の中に情欲を滲(にじ)ませ…

弾(はず)むような呼吸を繰り返しながら

切なげに自分の名を呟く加賀の顔が浮かび――


「ちょっと待てちょっと待てチョットマテッ!!!」


―――なんだっ!?今のっっ!!!


金雀枝は今しがた脳裏に浮かんだ映像に混乱し――

思わず頭を抱え込みながら顔を布団の中へと沈めていく…


―――そっ…そうだっ!昨日は確か…私たちは家の前で狼に襲われて――

   それから…それから…?


冷え切っているハズなのに、金雀枝の全身からは妙な汗が噴(ふ)き出し…

金雀枝は暗闇の中目を白黒させながら、必死になって昨夜の記憶の糸を手繰(たぐ)る…


―――か…かがくんが腕に怪我を…

   そのあと私たちは慌てて家の中に駆け込んでそれから――


『…ちを…ちょーだい…?』


「!!!!」


―――そうだ血だ…

   加賀君から漂ってきた血の匂いに私は――


『、ッ…は、ぁン…、お、ねがい加賀君…っ、ンッ…ンッ…俺もう我慢できな…ッ、

 あっ、あっ、おねが…、ンぅッ、お願いだからぁっ!

 かがくんのコレで…俺を満たして…、っは…俺を…無茶苦茶に貫いて…っ!』


「ッ!!!う”~~~ッ、う”ぁう~~~ッうあ”あ”あ”………ッ、」


急にクリアになっていく昨夜の自分の記憶に

金雀枝はプルプルと震えながら更に頭を強く抱え…

もはや呻きたいのか叫びたいのかすらわからない声をあげながら

ただひたすらに布団の中に顔を埋めて悶絶する…


そこに突然小さくカチャッ…というドアが開く音が聞こえ――


「ッ!?」


その音に金雀枝の躰が反射的にビクンッと跳ね

金雀枝が頭を抱えたまま恐る恐るドアのほうへとその視線を向ける…


するとそこには上半身裸で――

首にはタオルをかけ、昨日負傷した右腕の傷には包帯を巻き

更には見える部分にところどころに歯形のような青あざがいくつも肌にくっきりと浮かんだ状態の加賀が立っていて――


「―――ッ!!!」


その姿を見た瞬間、ただでさえ白い金雀枝の顔は更に白くなり

金雀枝の口からは声にならない悲鳴が上がる…


―――ああもうコレは確定ですわ…確定ですわっ!

   この野郎やっちまいましたよっ!!



   よりにもよって加賀君と…っ!



金雀枝は更にプルプルと震えながら、怯えた視線を加賀に向ける…


すると金雀枝からの視線に気がついた加賀が、金雀枝に視線を合わせると

一瞬その表情を顰めるが――すぐにまたその表情を何時もの仏頂面へと戻し

金雀枝に向け、口を開いた


「…おはようございます。金雀枝さん…」

「え…、あっ…ああっ!おはよう…

 とっ、ところで加賀君…、ッ、」

「…なんでしょう。」


想像以上に冷たい声が加賀から返ってきて、金雀枝の表情が強張(こわば)る…


「その…腕、とか…なんだけど…」

「ああ…腕の傷と“首筋”の傷は勝手にリビングとか漁らせてもらって

 出てきた救急セットで治療しました。お気遣いなく。」

「あ…ああ…そう…」

「…」

「…」


それ以上、二人の口からは何も言葉が出てこず…

気まずい空気の中、金雀枝が視線を泳がせながら次の言葉を探すなか


そこに突然加賀がベッドにいる金雀枝に歩み寄り――


「…金雀枝さん。」

「ッ!?はっ…はいっ?!」

「俺は遊びとか…そういうの嫌いです。」

「う…うん…?」


真剣な眼差しで自分のことを見つめながら

突然遊びがどうこう言いだした加賀の言葉の意図が分からず

金雀枝は困惑したまま加賀を見つめ続ける…


「だから…、ッ、」


加賀の手がスッと金雀枝に向かって伸び…

金雀枝がその手に一瞬ビクッと反応し、若干後ろにのけ反るが――

加賀がそんな金雀枝の肩を思いのほか強い力で掴み

引こうとする身体を引き寄せると

困惑で揺れる金雀枝の瞳と視線を合わせたまま、自身の顔をグッと近づけ…

切ない表情を浮かべながら加賀が小さく呟(つぶや)いた…


「責任を…とってください…金雀枝さん…」

「………は…?」


唐突に加賀から出たその言葉に金雀枝は呆気にとられ――

加賀はその顔をあっという間に赤くしながらも、更に言葉を続ける…


「なんのつもりで…金雀枝さんが俺を誘ったのかは知りませんけど…

 ッ俺…っ、あんな風に誰かに溺れたの初めてで…」


加賀が金雀枝の身体を引き寄せ…

自身の頬を固まっている金雀枝の頬に擦(す)りつけながら

金雀枝の耳元に熱い吐息とともに加賀が囁(ささや)いた…


「だから――責任取って…俺のモノになって下さい…金雀枝さん…

 例え貴方が吸血鬼でも俺は―――ッ、」

「ッ!?!?!?!?」


加賀から飛び出した“吸血鬼”という言葉に金雀枝は目を見開き…

思わず加賀の身体を押しのける


「吸血鬼ってお前…、」

「…?吸血鬼なんでしょう?金雀枝さん…

 だって昨日…あんなにおいしそうに俺の血を啜(すす)ってたじゃないですか…」


そういうと加賀は、今まで首にかけていたタオルをスルリと取り去る…

するとタオルで隠れていた加賀の首筋には

少し血の滲んだ医療用のパッドが貼り付けられているのが見え――


「―――ッ、」

「…言い逃れ――できないですよね…?

 俺の首筋に…こんなハッキリとした証拠を残してるのだから…」


そう言いながら、加賀が再び金雀枝の顔に自身の顔を近づける…


「俺…“この事”は誰にも言いません…!だから…っ、」


縋るような瞳で自分を見つめてくる加賀の表情に…

金雀枝の胸は締め付けられ、一瞬流されそうになる…


しかし――


「ッ…加賀君…」


―――ッ、流されては駄目だ…

   確かに…加賀君は何処かイーサンに似ていて――私好みではあるけれど…、

   でも…っ!


「ねぇ…加賀君…俺の目を見て…?」

「…?」


言われて加賀が素直に金雀枝の瞳を覗き込む


―――消さないと…加賀君の記憶から…



   私が吸血鬼だということを…昨夜の出来事も含めて全部…!



金雀枝の瞳が、加賀の瞳を見つめながら金色に輝きだし…

金雀枝が加賀に優しく微笑みかけながら静かにその口を開いた…


「“昨夜俺との間にあった出来事は全部夢…”

 “腕の怪我も首筋の傷も昨夜酒に酔った加賀君が誤って外の鉄柵(てっさく)に引っかかって――”」

「…?何を言っているんですか?金雀枝さん。」

「えっ、」

「腕の怪我は昨夜黒い大きな犬に襲われて出来た時の傷で…

 首筋の傷は貴方が俺に嚙みついて――」

「ッ!?ちょっ…」


金色に輝く自分の瞳を見つめながら、予想外の反応を返してきた加賀に

金雀枝が狼狽(うろた)える


―――えっ…これは一体どういう…?

   まっ…まさか…


「かっ、加賀君っ!もう一度私の目を見て!」

「…?」

「えっとね?“昨夜俺との間にあった出来事は全部夢で――”

 “その腕の怪我も首筋の傷も昨夜酔っぱらった加賀君が誤って外の鉄柵に…”」

「だから…さっきから何を言ってるんですか…?金雀枝さん…

 そもそも俺は昨日、酒なんか飲んでな――」

「っわかった。もういい。ありがとう…加賀君…」

「…?」


改めて加賀の反応を見た金雀枝はその場でガックリと肩を落とし…

そんな金雀枝の様子を、加賀が不思議そうに首を傾げながら見つめる…


―――やっぱりそうだ…



   加賀君には…



   私の“記憶を書き換える”能力が通じない…



金雀枝の瞳の色が

ゆっくりと元の碧色に戻っていく…


「金雀枝さん?」


加賀が目の前で項垂れている金雀枝に不安を覚え――

その顔を覗き込もうとしたその時


「…加賀君…ゴメンっ!」

「ッ!?」


急に金雀枝が顔を上げたと思ったら

加賀は鳩尾に強い衝撃を感じ――


「かっ、、はっ、」

「――ッ、ホントッ、ごめん…っ、」


金雀枝はそう呟くと――

意識を失い…自分の方へと倒れこんできた加賀の身体を正面から抱き留め…

その身体を自分と入れ替わりで、そっとベッドの上に寝かしつける…


「…本当にごめんね?加賀君…」


ベッドの上に横たわる加賀を見つめながら、金雀枝が辛そうな表情でそう呟くと

何処かに電話をするために、金雀枝は全裸のまま寝室を後にした…

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そは金色(こんじき)の贄たるや。 深淵歩く猫 @neko04696

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