第13話 魅了。

「…大丈夫ですか?」


車に顔を真っ青にしながら戻ってきた金雀枝(えにしだ)の様子を見て

運転手が気遣わし気に声をかける


「…大丈夫だ。すまない…出してくれ。」

「…かしこまりました。」


金雀枝を運転手にそう告げると、車は静かに動きだし

加賀が運転する車がその後に続く…


『もうすぐ…“あの方”が来るぞぉ?“あらすてあ”…』


―――あの人間…“魅了”されていたな…


涎(よだれ)を垂らし…

完全に理性の飛んだ目で自分の事を見つめてきた先程の男の事を思いだして

金雀枝が後部座席の背もたれに頭を預け

未だ顔色の優れない顔を両手で覆いながら暗闇の中で溜息をつく


―――魅了が使えるのはヴァンパイアのみ…

   という事は――あの人間を魅了したヴァンパイアがあの近くに居たという事…


金雀枝の顔から離れた両手が完全に力が抜けた状態で

ダランと肩から垂れさがり…

金雀枝が車の天井を空虚な瞳で見つめる…


―――ヴァンパイアに魅了された人間は…

   魅了したヴァンパイア思惑通りに動くようになる…


『股を開いて…俺を受け入れてよぉ~…あらすてあぁ~…くヒヒ…、

 今までそうやって…“血と引き換え”に

 何人もの男を:咥(くわ)え込んで生きてきたんだろ~?

 なぁっ!“淫売(いんばい)”ちゃんよぉ~!』


―――それはつまり…優秀なメッセンジャーになりえるという事…

   そしてあの男を魅了し…あんな分かり易(やす)く、下品なメッセージを

   私に伝えてくる人物と言ったら一人しか思い当たらない…



   イーサン…



金雀枝の表情が微かに泣きそうに歪み、空虚を映していた瞳に苦しみが映り込む…


―――もう見つかったのか…存外(ぞんがい)早かったな…


金雀枝がイーサンの変わり果てた姿に耐えかね

逃げる様にしてその前から姿を消したのが約八百年前…

それからイーサンや自分の息子…果ては元妻から

壮絶な鬼ごっこを繰り返しながら逃げ回り――


最後に金雀枝がイーサンの姿を確認したのが二百年前のウクライナ…


その時ウクライナで助けた魔女オリビアの力を借り

金雀枝は何とか今日まで彼等の目を欺(あざむ)き

逃げ果(おお)す事が出来ていたが――


―――よりにもよって…一番バレたくない相手にバレるとはな…


ハァ~…と長い溜息の後、視線を窓に向けると

ガラスにうっすらと移り込む自分の憂鬱そうな顔と目が合い

思わず苦笑を漏らす


―――だが…もう逃げる訳にもいかない…逃げる気も…ない…


散々逃げ回り…疲れ果てた金雀枝が日本を終(つい)の棲家(すみか)にする覚悟で

半ばやけっぱちで立ちあげたのが

ファイナンシャル・プランニングを目的とした会社…

それが“ゴールデン・プランナー”だった…


―――なーにがゴールデン・プランナーだよな…

   自分の人生設計すらまともに出来てねっつのに…

   他人の人生設計してる場合かっつの…


そこでとうとう金雀枝は何だか可笑しくなってフッと吹きだし

自分の顔が映り込んでいるガラス越しに流れる景色を眺めながら

先程のメッセンジャーの言葉を思いだす


『クヒッ…逃げても無駄だぞぉ~…あらすてあぁ…

 だって“あの方”はもう…お前の居場所を知っているんだからなっ!!』


―――私の居場所を知っておきながら――

   何故直接私に会いに来ない?イーサン…

   お前らしくないじゃないか…狂ったメッセンジャーを私に寄越すのみで

   自ら姿を見せないだなんて…


金雀枝の瞳がスッと鋭く窓に映り込んだ自分の姿を睨みつける…


―――何かある…私の前に直接姿を現せない何かが――

   ソレが“何か”までは分からないが――好都合じゃないか…

   私にはまだ“考える時間が残されている”という事…



   だったらこの時間…最大限利用させてもらうよイーサン…

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