第12話 狂った男。
『…でも…さっきの件考えておいて…貴方の“眷属(けんぞく)を増やす”事を…』
―――分かっている…このままじゃジリ貧な事ぐらい…
先程BARでのマスターとのやりとりを思いだし
金雀枝(えにしだ)はその表情を曇らせながら無言で駐車場へと向かう…
―――いくら私が不死身の化け物でも…
数で押されては一溜(ひとたま)りも――
金雀枝が俯(うつむ)きがちに視線を下に向け
これからどうすべきかを考えながら歩いていると
丁度正面から自分の足元に向かって何かの影が伸びている見え
金雀枝が足を止め、その自分に伸びる長い影の先を辿(たど)る様に
視線を徐々に上げながら正面を見据える…
すると数メートル先に何者かが立って居る姿が見え
―――?何だ…?人間…だよな…?
一応街灯はあるものの暗く、人通りも無い
閑散とした夜の住宅街を一直線に伸びる道路のど真ん中に
黒いトレーナーに黒のバケットハットを目深(まぶか)に被り
まるで立ちふさがる様にしてその場に立つ人物が見え
金雀枝が眉を顰(ひそ)めながら訝(いぶか)し気な視線をその人物に送る…
―――…すぐそこが駐車場だってのに…アイツは一体あそこで何を…
見るからに不審者なその人物を前に、金雀枝が前に進むかどうか躊躇(ためら)っていると
その人物が顔を下げたまま急にツカツカと金雀枝に向かって歩き始め
金雀枝の後ろにいた加賀がスッと金雀枝の前に立ち
警戒した様子でその人物の動向を伺う…
「…下がって、金雀枝さん…」
「…」
妙な緊張感が金雀枝と加賀の間に走る中
男は金雀枝達のすぐ手前でピタッと足を止めると
俯いたまま静かにその口を開いた
「…きんいろ…」
「?」
「“あの方”が言っていた通り…綺麗な金色だぁ…」
「??」
―――何言ってんだ?コイツ…
金雀枝と加賀が目の前で訳の分からない事を呟きだした男に
揃って怪訝(けげん)な表情を浮かべながら首を傾げる…
そこに加賀が男から目を離す事無く後ろに立つ金雀枝に声をかけ
「…金雀枝さん、コチラへ。」
加賀が後ろに立つ金雀枝を自分の左側へと移動させ
道路の真ん中に立つ男から金雀枝を庇うようにして
その脇を通り抜けようとしたその時
「もうすぐ…“あの方”が来るぞぉ?“あらすてあ”…」
「ッ!?」
男が呟いたその言葉に金雀枝がハッと息を飲み
不意に足を止めてしまった次の瞬間
「穢(けが)れたお前を捕まえになぁっ!!!」
「なッ、」
男は突然そう叫びながら金雀枝に向かって掴みかかる様にして手を伸ばし
加賀が咄嗟(とっさ)にその腕を掴むと、勢いよく男の身体を地面に引き倒す
「ッ、離れてっ!金雀枝さんっ!」
「ヒヒッ、なぁ…俺の血をくれてやる…お前にくれてやるからさぁ…」
加賀に押さえつけられた男がタラタラと涎(よだれ)を垂らし
完全に理性が飛んだ目で金雀枝の姿を捉え
不気味な笑い声を上げながら更に言葉を続ける…
「股を開いて…俺を受け入れてよぉ~…あらすてあぁ~…くヒヒ…、
今までそうやって…“血と引き換え”に
何人もの男を咥(こわ)え込んで生きてきたんだろ~?
なぁっ!“淫売(いんばい)”ちゃんよぉ~!」
「――――ッ、」
男のその言葉に金雀枝は絶句し、その顔色は見る見るうちに青ざめていく
「ッ、金雀枝さん!コイツは俺が押えとくんで早く車に…っ、」
「クヒッ…逃げても無駄だぞぉ~…あらすてあぁ…
だって“あの方”はもう…お前の居場所を知っているんだからなっ!!」
「ッ!?」
「!くっ、」
男は自分を押えつけている加賀を振り向きざま、物凄い力で押し退けると
狂ったように笑いながらその場から走り去っていく
「アハハハハッ!来るぅ~…もうすぐ来るぞぉ~!
“あの方”が金色を捕まえにやって来るぅ~っ!!アハハハハッ!!!」
歌うようにそう叫びながら男は闇の中へと消えて行き――
後に残された二人は茫然とその場に立ち尽くす…
「…大丈夫ですか?金雀枝さん…」
「えっ?…あ…あぁ…まぁ…」
「…最近は本当に――変質者が増えてきましたね…」
「――そう…だな…
乾(いぬい)がお前を雇(やと)って正解だったよ…有難う…助かった…」
「…いえ…」
金雀枝が微かに笑みを浮かべながら加賀に礼を言うも
その顔は未だに真っ青で――
―――そりゃそうだよな…
こんな夜道に変質者で絡まれれば誰だって怖いよな…
それにしても“アラステア”って…
一体誰と勘違いして金雀枝さんに絡んできたんだか…
まあ確かに…金雀枝さんの顔立ちは日本人離れしているけども…
加賀が自分の隣に立つ金雀枝を気遣うよにしながら、腰に手を添え
二人は再びゆっくりと駐車場に向けて歩きだしす…
そんな二人の様子を
少し離れたマンションの屋上から伺う視線に気づかずに…
「フフ…怯えた顔も相変わらず綺麗だね…アラステアは…」
青白く輝く満月をバックに
男性が手すりに頬杖をつき、道路を歩く二人の姿を
蒼(あお)く輝く瞳で追い続ける…
「本当は今直ぐにでもキミの事を攫(さら)いに行きたいけど――」
男性がチラリと背後を見やる…
するとそこには紅い瞳を光らせた黒い狼が二匹立っており――
「…今は止めとくよ…
私も…本調子じゃないんでね…」
そう言うと男性は手すりに両手を突き
次の瞬間、グレーの仕立ての良いロングコートを翻(ひるがえ)しながら
手すりを飛び越えると、そのままフッとその姿を消し…
黒い狼達もその後を追うかのように手すりを飛び越え
闇の中に掻き消えるように姿を消した…
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