第2話 決まった事。

三人がビルの正面玄関に停めてある車に辿り着くと

車の横で待機していた運転手が金雀枝(えにしだ)に頭を下げ

後部座席のドアを開け、金雀枝と乾(いぬい)が乗り込み

次いで加賀が辺りを警戒しながら助手席へと乗り込む…

三人が車に乗り込んだのを確認すると、運転手は静かに車を発進させる


「乾…昼食会の後の予定は?」

「特に御座いません。」

「そうか…」


―――じゃあ…コレが終わったら行きつけのBARで“特注のカクテル”でも…


「あ、社長に伝えなければいけない事が一つございます。」

「?なんだ?」

「この間の社長に対する暴漢騒ぎの件で

 役員たちの間からは不安の声が上がっておりまして――」

「…で?」


―――何か…嫌な予感が…


「なので今日から加賀君には仕事が終わって社長が自宅に帰るまでの間も

 キッチリエスコートしてもらう事が決まりましたんで――」

「!?待て待て待て待てっ!聞いてないそんな事っ、聞いてないっ!!」

「…だから今言いましたが?」

「ダメでしょそんなん!なに社長である私を無視して

 そんな重要な事を勝手に決めてくれちゃってるのっ?!

 認めるわけないでしょ、そんな――」

「もう決まった事なんで。」

「いつ決めたの!そんな事…っ、」

「昨日、社長が昼食中に私を含めた役員たちがコッソリと

 近くのカフェに集まってプチ役員会議の場で決まりました。」

「そんなもんカフェで決めんなっ!」

「…だって社長…公の場で決めようとすると反対するでしょ?」

「当たり前でしょっ?!仕事終わりの憩いの時間に…

 何が悲しくてボディーガードに付き添われなきゃなんないのっ?!」

「そう仰(おっしゃ)られましても…

 あ、社長が仕事終わりにBARなどに寄った際

 加賀君に掛かる費用などは会社が負担しますんでご心配なく。」

「ご心配するよっ!何私の会社の経費で勝手に――」


金雀枝が焦って声を上げようとしたその時

運転手が淡々とした様子で口を開く


「社長。まもなくホテルセレネーに到着いたします。」

「ッ!分かった…乾!まだ話は済んでないからな…!」

「はいはい…ですがもう決まった事ですんで――

 いくら私と話したところで決定は覆(くつがえ)りませんよ?」

「くっ…横暴だ!こんなの…っ、」


金雀枝が腕を組み、子供っぽく乾からプイッとそっぽを向く…

その様子を助手席に座る加賀がルームミラー越しにチラッと見てしまい

今まで無表情だった加賀の口元がほんの少しだけ綻(ほころ)んだ…


そうこうしているうちに車は運転手の言葉通り昼食会が行われるホテルに到着し

あからさまに不機嫌な様子の金雀枝と呆れ顔の乾…

そして若干緊張した面持ちの加賀がそれぞれ車から降りたつ


「…そいじゃさっさと昼食会行くぞ…自棄食(やけぐ)いしてやる…!」

「…社長…あまりみっともない真似は――」

「うっさい!」


―――せっかく今日BARに寄って特注カクテル飲もうと思ったのに…!

   コイツが着いてきてたんじゃ寄れないじゃん…BAR…


金雀枝が自分の少し後ろに立つ加賀の方を振り返り

恨めしそうなジト目で加賀を見つめ

加賀がそれに気づき、ちょっと困惑した表情を浮かべながら金雀枝に尋ねる


「何か…?」

「…別に!」

「…?」


金雀枝はそれだけ言うとさっさとホテルの中に入って行き

加賀が慌ててその後を追う


―――全く…何でウチの社長様はこうも護られる事を嫌うのかねぇ…


そんな二人の後ろ姿を眺めながら

乾はやれやれといった感じで後に続いた…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る