そは金色(こんじき)の贄たるや。

深淵歩く猫

第1話 社長のお仕事。

「――金雀枝(えにしだ)社長、そろそろおでになられませんと…

 12時から行われる広尾ホールディング主催の昼食会に遅れてしまいます。」


無駄に広い…しかしセンスのいいインテリアが立ち並ぶ社長室…


部屋に入って正面の社長とおもしき男性の座るエグゼクティブデスクの背後には

全面ガラス張りの窓が一面に広がり、またとない眺望をその眼下に映し出す…


そんな社長室で…

秘書と思われる銀のハーフフレーム眼鏡にキッチリと前髪を七三分けに整え

ちょっと神経質そうな面持ちの男性がシステム手帳を開きながら

椅子に座る金髪碧眼で華のある美しい顔立ちの男性…金雀枝に尋ね

金雀枝は気だるげに頬杖を突き、手に持った書類を眺めながら口をひらく…


「…分かったよ乾(いぬい)…

 それじゃあ…そろそろ行くとしますか!」


パサッと社長が先ほどまで読んで書類を机の上に置き

肘掛に手を置いて椅子から立ち上ろうとしたところで

ふと金雀枝が隣に立つ秘書を見やる


「どころで――

 部屋の前に“また”見慣れないボディーガードが立ってたんだけど…誰…?」

「ああ…彼ですか?彼は加賀 義景(かが よしかげ)君といって――

 この間社長が私に相談もなく勝手に辞めさせちゃったボディーガードの代わりに

 急遽、身辺警護専門のG.P.P.(Global.Personal.Protection.)から雇った

 新しいボディーガードです。大変優秀らしいですよ?」

「ま~た社長である私に断りもなくそんな…

 前のボディーガード辞めさせた時にもいってるでしょ?

 私にボディーガード何て要らないって…何度言ったら分かってくれんの?」


見目麗しい社長さまがクルッと椅子の向きを変え

ジトッとした目で自分の隣に立つ秘書を見上げる…

すると秘書である乾も社長に負けず劣らずのジト目で社長を見かえしながら

溜息交じりに口を開く


「何を言ってるんですか…社長…

 貴方つい先日“も”暴漢に襲われかけたのをお忘れで?

 またあんな事の無い様…

 ボディーガードの重要性は十分に理解されたかと思うのですが…」


―――ああ…そういや襲われたわ“人間”に…

   秒で伸(の)したから忘れてたけど…


「…確かに私の立場からして色んな方面から狙われ易いってのは認めるけどさぁ…

 でもこの間の暴漢“も”結局私がボディーガードよりも先に

 一人で華麗に撃退しちゃったの見てたでしょ?

 要らないよ…んなもん…」


―――ぶっちゃけ邪魔なんだよ…人間のボディーガードなんて…

   もし“アイツ等”が襲ってきたりしたらただの“餌”にしかなんないし…

   下手したら私がボディーガードとかを守って

   “アイツ等”と戦わなくちゃいけなくなるしさぁ…

   だから出来るだけ私の傍に人間は置いときたく無いんだよね…

   後々メンド臭いし…


金雀枝がその整った眉を顰めながら乾に向かって言うが――


「駄目です。もし万が一貴方の身に何かあったら…

 路頭に迷うのは我々社員なんですよ?

 …貴方はもう少しご自分の立場ってものをですねぇ…」

「ッ、分かった!分かったよっ!乾が言いたい事はもう分かったから…っ、

 それよりも予定が押してるんだろ?だったらもう昼食会に向かわないと!

 丁度お腹も減ってきたしね。」

「ったく…貴方って人は…それではお車の方に…」

「はいはい…」


金雀枝がよっこいせと席から立つと二人は無言で社長室から廊下へと出る


すると金雀枝が廊下に出てすぐドアの横に無言無表情で立つ長身の男性を一瞥し――


「…加賀君…だっけ?」

「…はい。」

「私、敵多いけど――せいぜい怪我しないよう…気をつけて警護してね。」


―――どーせすぐに辞めさせるけど…


「…はい。」

「何だったら私置いて逃げてもいいんだよ?」

「社長…」

「あはは、冗談、冗談だって乾~。加賀君もそんな怖い顔しないで~…」

「…地顔です。」

「はは…二人とも冗談通じないんだからもぉ~…」


金雀枝が乾いた笑みを浮かべながらそう言う

金雀枝と乾が絨毯の敷き詰められた廊下を歩き始め、その少し後に加賀が続き



三人は無言で専用エレベーターに向かって歩き始めた…

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