2時間目:免許がAT限定のため、MTのことは知りません
「それではバイクの構造から説明ですが、早見さんはAT限定なのでクラッチとかは……?」
「何一つ知らないです」
突然ではあるが、そこのあなた!MTバイクの構造はご存じだろうか?ああ、知っている?そうであれば、ここから数行は飛ばしてもらって構わない。とりあえず、ミス大型新人の早見が教官の説明を聞きながら知ったのは以下のことである。色々と思うところもある。
右ハンドルがアクセル、左ハンドルレバーがクラッチ、右ハンドルレバーが前輪ブレーキ、左ペダルがギアチェンジ《クラッチとギアってなに、違うの?》、右ペダルが後輪ブレーキ《待って、ブレーキ二つあった?嘘じゃん》、左側のサイドスタンドで静置 《こんな小さなスタンドでこの巨体がほんとに支えられる……?》。
「ちなみに早見さん、このスイッチはなにか知っていますか?」
「えっと……キルスイッチ、でしたっけ?」
意外、と言いたげに教官の眉が動いた。
「おや。いいですね、キルスイッチのことを知らない人多いんですよ」
教官にそう言われて内心ガッツポーズの早見。早見への期待値がマイナス値を示す教官に対して、もしかするとこいつはバイクに興味があるのかも知れない、と思わせた一瞬だった。
《コウさん、ありがとう!》
未来のツーリング仲間候補のコウさん、実はバイクの構造を早見に仕込んでいた。お陰で早見の自尊心が僅かに保たれたというわけである。
左右のウインカーとホーン(警笛)は左手の親指で操作。あくまでも教習車の仕様であり、バイクによって違うかもしれない。
そして右手にあるのかエンジンスイッチとキルスイッチである。さっきから出てきているキルスイッチって?非常時にエンジンを緊急停止するための物らしいが、早見が使わずに済むことを願うばかりである。
そもそも緊急停止ってどんな状況なんだ、と早見は赤いオン-オフスイッチを見て思う。
《これを押す場面なんかやってくるものなの?バイクで事故ったら、我が身は道路か、高速道路のカーブなら道路外に投げ出されると思う。十中八九、バイクと引き離されるんじゃない?あるいは下敷きかも》
そして、更に早見は思う。
《この地上でキルスイッチを押した人たちって、ほとんどそのバイクの持ち主じゃなくて、事故現場に居合わせて救助に当たる人たちでは。本人は動けない状態だよ、絶対……。バイクのキルスイッチの存在、免許取得する人じゃなくて広く一般に知らしめた方が有益では?》
不安が脳内を駆け巡る早見は差し置いて、ここでコウさんからワンポイントアドバイスである。
『普通にバイクに乗り込んでエンジンスイッチを押してもエンジンがかからないときは、故障よりも先にキルスイッチがオンになっていないかを確認すること』
早見がいよいよバイクに乗り込もうとしている。脚が届くか不安だったらしいが、とりあえず届いたようで良かった。
ちなみにバイクのシート高は様々で、もちろん足が長い人ほど選択肢が広がる。早見としては羨ましい限りである。
《こんなところで脚の短さを恨むことになるなんて。哀しい哉、もっと身長が欲しかった。いや、股下が欲しかった。ダックスフンドとかマンチカンも、ボルゾイやシャムみたいに細くて長い足が羨ましいって考えていると思う。分かるよ、羨ましいよね、背が高いって》
スタンドをかけたバイクに跨り、予想以上の高さにギョッとしながら、早見の頭の中にそういう恨み言が通り過ぎっていった。
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