大型新人日記

南野サイカ

第一段階

1時間目:大型新人のご登場です

「それじゃ、早見さん、今日初めてですね」

「はい、お願いします」

「バイクの経験あります?」

「ないです」

「原付に乗ったことは?」

「ないです」

「えーっと、既得免許は……」

「オートマですね」


 早見はこの日、自分の20年ちょいの人生で初めて、人が頭を抱える時に出す声を手に取った。いや、手に取れるくらいあからさまだったと言いたい。

 舞台劇のように大げさに、映画のように誤解なく、文章のように明らかに、とてもはっきりと感じた。教官が『こいつは曲者だ』と言いたがっていることを。

 そしてこの人生初の経験を通して分かったこととしては、人が頭を抱えるときは態度じゃなくて、その場の空気が変わるという現実。そしてどれだけ覚悟していても、始まる前から教官に『見込みなし』判定されるのはやはり悲しいという事実。


 ……太平洋にポツンと浮かぶ島国、日本。毎年のように過去最高気温を塗り替える夏の盛り、8月下旬、午前9時30分。列島の端っこに位置する自動車教習所にて。

 雲一つない快晴の、真っ青な空の下、早見と教官は一台の大型二輪車を前にしていた。大型二輪車とは排気量が400ccより大きいバイクのこと。

 ハーレーダビッドソンのバイクに乗りたい?それなら大型二輪免許が必要ですね。なぜならあの会社の現行モデルの最小排気量は400ccを遥かに上回るから。(近いうちに中型免許でも乗れる400cc未満のモデルが出るとか、出ないとか)


 早見かなた、22歳。どこにでもいる普通の大学生。

 バイク経験は無し。

 四輪の免許で乗れる50㏄のスクーターもノータッチ。

 普通自動車免許AT限定のため、クラッチ操作も知らない。


 そして何よりも上背のない(ちなみに体力も無し)。


 数々の不利な状況をものともせず、いきなり大型二輪(もちろんマニュアル)の免許を取ろうと決心して教習所に入所した、怖いものなし女子大生というわけである。困難な道に飛び込むくらいだから、さぞ彼女は大型二輪免許に思い入れがあるのだろう。そこで彼女とバイクの接点について考えてみる。

 週末に高速道路PAで見かけるツーリング部隊に対する漠然とした憧れ。ライダースジャケットという言葉の響きと見た目がカッコイイ。……それだけ。


 正直言って、大型二輪に対する執念も免許取得への強い動機もなく、バイクに対する知識も浅め。どこにでもいる人間。人生の節々で理由やらきっかけやらを説明することが求められる世の中では、明らかに不純な動機に分類されるタイプ。


 そもそも大型二輪免許を取るには(原付でもいいから)自転車以外の二輪車の経験が必要、と思うのが通常の思考回路。何なら先に中型免許を取るのが順当だと考えることもできる。

 それなのに、ド素人が来やがった。教官は少なからずそう思ったはず。

 早見だって不安が無いわけじゃない。というか、朝から心臓バクバクでやって来ている。そして思い出すのは今日ここに来るまでに相談してきた人々の反応である。


 週末にツーリングをよくする知人男性、通称コウさんに告げたら『大丈夫、僕の知り合いも女性だけど取ったから』と、バイク界隈への新規参入ポテンシャルを嗅ぎ取り、獲物を狙う目で太鼓判を押された。その知り合いとやらがスクーターも知らないAT限定免許保持者だったのかは甚だ疑問だけれども。


 仲のいい友達、通称ミッコにこの状況を告げたら、頭のおかしい人を見る目を向けられた。『本当に取れたら凄いことだろうけど、一般にはこれを無謀と言うの』と諭してきた。これを正論と言わずして何とする。ミッコ、君が正しい。ウェブで調べても『特に女性は苦労するでしょう』とある。



《……クソッ、知るか。取ってやるわ。出来るわ》


 大型二輪をゼロから始める、早見かなた。

 技能31時限+学科1時限、そしてその先に待つ卒業検定に向けての成長日記、ここに開幕である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る