第29話

 それから、夜になった。


 いや、正確にいうと、夜になったと思う。


 ダンジョン内では正確な時間なんて分からない。なんとなく、お互いが疲れてきたから、夜だと判断しただけだ。


 この世界の時計もあるにはあるんだけど、今回は持ち込みが禁止されている。


 時間で考えるんじゃなくて、自分たちの感覚で生きていくためらしい。


 一応、3日目の夜になったら、先生がダンジョン内に入って来てくれることにはなっているから、タイムオーバーになることはない。


 だけど、まぁ、ここまで疲れて来てるんだから夜だろう。




 俺たちは、キャンプスペースに戻って、一晩眠ることにした。


 当然魔物が襲ってくる可能性はあるから、見張りは必要。交代交代で寝ることになる。


 リックはまだ落ち込んでるみたいだったけど、その辺は明日になってから朝ごはんでも食べながら話し合おうってことになった。




 見張りの順番は、リックとミンクが最初。次俺1人で、最後がセルファとアンリだ。


 俺は1人で大丈夫だし、他の4人に連続で眠ってほしかったからそう提案した。


 最初はみんな渋ってたけど、さっきの謝罪の意味も込めてだと伝えたら一応納得してくれた。




 今は、リックとミンクの見張りの時間が終わって、丁度俺の時間。リックとミンクが見張っているときには特に魔物が寄ってくることもなかったみたい。


 魔物除けの薬草の効果はかなり高いようだ。これなら、俺が見張ってる時間も大丈夫かな?




 ……と思ったんだけど、そんなに甘いものではないみたい。俺に見張りが変わったタイミングを見計ったかのように魔獣が近づいてきている。


 いや、今までも近づいてきていたんだけど2人が気づかなかっただけだろうな。


 明らかに、このキャンプの周りをぐるぐる回っている魔力の動きが見える。


 見えると言っても、実際に俺の視界に入っているという意味ではない。


 キャンプスペースの周辺の魔力の波動を常に掴むように意識していると、異物があったときになんとなく分かる。


 それを利用して警戒しているだけだ。


 正直、この方法はこうやって一つのところでジッとしている時にしか使えないんだよね。


 普段も使えるようになったらすぐに周りの敵が近づいていることに気づけるんだけどなぁ……。




 と、まぁ今はそんなことは置いておいてっと。


 数は……


 1、2、3。4匹かな?


 今日の昼間に戦ったストームウルフだろう。


 もしかしたら、その仲間。群れかもしれない。




 まぁ、4人を起こす程でもないだろう。俺が倒せるなら倒してしまった方が早い。


 俺は、音を立てないように気をつけながらキャンプスペースから出ていく。


 魔力が見えるところまで行くと……間違いない。4匹のストームウルフだ。


 全部がまとまってるから、このままだったら、一発の魔法で倒せそうだ……けど、試してみたいことがあるんだよね。




 俺は、いつも持ち歩いている小袋の中から魔石粉を取り出す。


 たぶん使えると思うんだけど、思いついたのが最近で、ちょうどもうそろそろこの訓練があるって分かってたから、実戦で使ってみたかったんだよねぇ。




「セカンドグラウンド」




 俺が小さくそう呟くと、土魔法で作った地面がストームウルフの頭上に出現する。


 さすがにストームウルフたちの自分たちの頭の上は無警戒みたいだ。まったく気づいていない。




「ドロー」




 俺が更に小さくつぶやくと、ストームウルフの頭上にある地面から下を向いて魔法陣が書かれる。




 うん。ここまでは大丈夫だ。ここからが実験。




「魔石粉テレポート」




 俺は更にそうつぶやく。


 すると、魔石粉がしっかりとストームウルフの頭上の魔法陣のところに出現する。




 よし!うまくいった。


 自分の体を移動することのできる空間魔法のテレポートを応用して、物だけを移動させてみたんだ。


 よし。




「遠隔魔法陣操作」




 俺の言葉とともに、太い氷の柱が出来上がり、ストームウルフのことを貫いた。


 よーし!完全に上手くいったぞ。


 やっぱり、この方法だと、少ない魔力で強い威力を持った魔法が使えるから効果的だよな。特にこういう遠征中みたいな時にはめちゃくちゃ使える。


 他の魔法を組み合わせて、わざわざ魔法陣で戦うなんていう方法使う人いないと思うんだけどね……。


 ただ、どちらにしてもこれは魔石粉を使っているからできる方法だからまだ俺しか使えないんだけどね。ミンクもそろそろ使えるようにならないかなぁ……。




 それから、ストームウルフの死体はそのまま回収。


 全部、キャンプスペースの中に持ち込むことにする。ここに置いたままだと死臭に誘われて他の魔物が集まってくるかもしれない。それはまずい。さっさと処理しないとな……。


 魔力による警戒をそのまま続けながら、キャンプスペース内で処理をしていく。


 俺が一人で処理するってことなら魔法も使い放題だし、さっとできそうな気がする。


 物質強化の魔法陣が刻まれた魔剣はこういう時のために俺も持ってはいる。ただ今回、それは使わないでいいか。


 風魔法で切り刻んでいって、そのまま急速冷凍。これも、魔法陣を使うことで、声すら発さずに作業ができる。


 音をあんまり出してみんなを起こしちゃってもよくないしね。


 ただ、思った以上に4匹の獣の処理には時間がかかって、そろそろ見張り交代の時間だ。


 あれから近づいてくる魔物すら一匹もいないみたいだし、このままセルファとアンリに後退しても特に心配はないと思う。


 とりあえず朝食はこの狼の肉を食べられるし、このまま休んでるかな……。




「おはよう」




 そう思っていると、どうやら、アンリがもう起きてきたみたい。俺に声をかけてくる。




「交代まではもう少しあるだろ?寝てなくていいのか?」




 俺がそう尋ねるとアンリは首をふる。




「なんか、目が覚めちゃったから。こういう環境で寝られるようにするのも大事なんだと思うんだけどまだ慣れないみたい」




 まぁ、そりゃそうだよな。普通に家で過ごしてるんだったらベッドで寝ているわけだからさ。魔法を使って環境を整えているとはいっても、地面で寝るのは慣れないと大変だよな。


 俺は前世でキャンプなんかもしたことあるし。そもそもベッドじゃなくて布団派だったからこのぐらいの環境でもなんとかなるけどね……。




「ただ、アンリはそんな冒険者になりたいってわけでもないだろ?軍人になるわけでもないだろうし。学院で過ごす時以外こんな環境で寝泊りすることもないだろうから、大丈夫じゃない?」




 そう、こういう環境で寝ることになれた方がいい職業もあるにはあるけど、アンリがそういう仕事に就くとはあまり思えないよな。




「まぁ、それもそうだけどね……。それより、ヴォルクスに聞きたいことがあったんだ」




「ん?なに?」




「ヴォルクスは昔から中等学院は王都の学院を受験するつもりだって言ってたけど、それは今でも変わらないの?」




「え……?うん。もちろん」




 なんでそんなこと聞くんだ?俺が王都の学院に行きたいって話は本当に昔からしてきているし、村で知らない人はいないってぐらい有名な話だと思うんだけど。




「やっぱりそうなんだ……。じゃあ、私たちと同じ学院に通っていられるのも後2年ってところなんだね……」




「そう言われてみると確かにだいぶ短くなってきた気がするね」




 こんな話をしてくるっていうのはやっぱり寂しいもんだからかな?


 俺は前世でも中学は私立の学校に進んだ。小学校の頃の友達と離れ離れになって寂しいという感覚はあまりよく分からない。友達になった人とは一生ものだと思うし、4人とは学院が変わっても普通に友達のまま。同じ学院に通っていなかったとしてもそれは変わらないと思うんだけどね。




「でもさ、私たち、領都の学院の人たちともそんなに変わらないぐらい強いじゃない?このまま近くの学院に行っても強くはなれるような気がしない?」




 そんなことをアンリは言ってくる。そんなに王都の学院に行ってほしくないのかな。




「うーん。俺はさ、それでもやっぱり環境って大事だと思うんだ。俺たち4人はみんな真面目だったけど、中等学院も完全に同じメンバーでやっていくってわけじゃない。他の学院の人たちとも混ざることになる。そうなると、その人たちも同じだとは限らない。けど、王都の学院なら……」




「でもさ、そっちにもそういう人はいるかもしれないでしょ?不真面目な人」




「うん。それはそう。けど、こういうのは確率の問題だからね。受験を突破して入ってくる学院の方が学ぶ意欲が高い人が集まってくるのは間違いない。それに努力次第でレベルの高いクラスにだって入れる。レベルの高いクラスだったら、たとえ不真面目だとしても実力はあることは間違いないからさ。俺は、できる限りいい環境で勉強したい。それにはやっぱり王都の学院が一番だよ」




 そこの意思に関しては揺らいだことがない。アウグスト伯爵から、魔法陣学の先生が俺に興味を持ってくれてるって話は何度も聞いてる。王都の学院なら、俺の知らない知識もたくさんあるのは間違いない。俺の目標は最終的に錬金術を……魔法陣術の可能性を広げることだから、それには一番いい環境で勉強しないとね。




「うーん……わかった。私も頑張る」




「え?」




「王都の学院には、うちの学院からは一人しか推薦できない規則みたいだから無理だけど、領都の学院なら受けられる。だから、私も頑張って領都の学院に入る!」




 おお。いいじゃん。目標を持つことは大切だと思うし。




「応援するよ!」




「応援だけじゃなくて協力して。一緒に受験のための準備をやってもらえる?」




「あぁ、そういうことならもちろん!一緒に勉強してお互いの目標を達成しよう!」




 実際、そろそろそういう勉強を始めなきゃいけないと思ってたところだからね。一緒にやると張り合いも出てきて楽しい。




「一緒にいられる時間がわずかだとしても、その短い間は出来るだけ一緒にいたいし……」




「ん?なんか言った?」




「ううん。なんでもない」




 まぁいいか。けど、そうか。考えてみたらみんな領都の学院には進みたいかもしれないよな。アンリ以外にも、ミンクとか誘ってみるか。みんなでここから目標を決めて勉強していくのはきっと楽しいぞ!




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