第28話

 さて。それから、食事を楽しんだ俺たちはそのままダンジョン内を進むことにしていた。実際、今日のうちに地下一階の途中までは進んでおかないと突破が厳しい。


 俺たちは強くなっているとはいっても子供の足でしかないわけで、まだまだそんなに早くは移動できないしさ。


 それからも、敵と遭遇をしては倒して、敵と遭遇しては倒してっていうのを繰り返したわけだけれど、意外なほどに順調。元々、一日目を終わらせる予定だったところにはすぐにたどり着いた。


 このダンジョンは毎年初等学院の生徒が訓練をしているところだから、一晩を明かすためのキャンプスペースが準備してある。基本的には、一日目の夜はそこで過ごす。また、二日目も地下二階で目的のものを回収して、そのまま戻ってきてそのキャンプスペースで過ごすことになっている。ただ、そのキャンプスペースにたどり着いた俺たちなんだけど正直、まだ体力がありあまってる感じなんだよね……。




「一応着いたけど、どうする?」




 俺はみんなにそう聞いてみる。




「どうするってどういうこと?今夜はここで過ごすことになってるでしょ?」




 セルファの疑問はもっともだ。




「でも、俺たちまだ全然元気じゃん。まだまだ先に進めるでしょ」




 リックは俺の言いたいことが分かってるらしい。


 そうなんだよね。当然先に進めるなら先に進んだ方がいい。実際、早くクリアしてはいけないってわけでもないし、とりあえず二日目もこのダンジョン内で過ごせばそれでいいんだよね。3日目に帰る時間は設定されているわけじゃないし。




「でも、今日これから奥まで行って戻ってこれるわけでもないでしょ。そうなると、ここみたいな安全なスペースじゃないところで夜を過ごさなきゃいけないんじゃないの?」




 アンリの疑問も分かる。


 このキャンプスペースは、地下一階の中でも、明かりの設置がされていて、見通しがきく。更に、魔物除けの薬草があたりにまき散らされてあって、魔物が近づいてこられないようにしてある。近づかれたとしても、魔物除けの薬草の効果は高く、かなり弱った状態で戦えることになる。




「えー。俺は元々訓練なのに、ここで過ごすのは甘えだと思ってたんだよなー。そんな守られたスペースで休めるなんて、実際のダンジョン探索ではないことらしいじゃん。訓練なんだからできる限り実際のダンジョンっぽくやりたくない?」




 リックはとにかく訓練を楽しみたいタイプだからそんなことを言っている。


 確かにこんなセーフティースペースが準備してあるのは初等学院の訓練用のダンジョンだからであって、今後中等学院での訓練なんかではこんなスペースが準備されていることはないし、大人になってから挑戦するようになっても当然あるわけがない。




「けど、それはそうなってから考えればいいことじゃん。今は安全に過ごすのが一番でしょ!」




 セルファとリックはまだ言い合っている。


 うーん。こうしている間にもどんどん時間は経っていくし、前に進むならすぐに判断したいところなんだけどな……。




「じゃあ、仕方がないから多数決にしようか。このまま、このキャンプスペースで夜を過ごすか、今日は進めるところまで進むか」




 俺は、時間が過ぎていくのが嫌でそう言って提案をする。おそらく、多数決を取ればここに留まるっていう結論になるだろう。先に進みたいのは俺とリック。セルファとアンリは安全な方がいいだろうし、何も話していないミンクも当然安全策をとるだろう。




「いいよ!じゃあ、このままここにいたいっていう人!」




 そのセルファの言葉にセルファとアンリが手を上げる。あれ?2人だけ?




「よし。じゃあ、先に進みたいってやつ!」




 リックの言葉に俺も手を上げる。そして、なんとミンクも手を上げていた。




「え……?ミンクも?どうして?」




 アンリが驚いたように声を上げる。正直、みんなミンクのその行動には驚きを隠せない。




「う、うん。僕も最初はセルファちゃんの言う通りかなって思ったんだけどさ、僕は自分の力を試したいなって思って。こんな子供だけでダンジョンに挑戦できることなんてこの機会を逃したらしばらくないだろうし、今できることをしっかりと確認してから次につなげられるようにしたいって思ったんだ……。それに、僕は試したいんだよ。自分たちの力を」




 へぇ……。こんなことをミンクが主張するようになってるなんて驚いた。挑戦する意思を表現するなんて今までだったら考えられなかった。だんだん、ミンクも力だけじゃなくて精神面でも成長していってるってことなんだろうな。




「じゃあ、多数決で進むことに決定だな!これなら文句はないだろ?セルファにアンリ」




 リックが勝ち誇ったようにそう言う。セルファもアンリも不満そうではあるけれど、渋々といった感じでうなずく。




 まぁ、俺がいればある程度の環境づくりはできるし、大丈夫でしょ。




 それから、俺たちは先に進んだ。


 とりあえず目標は地下一階と地下二階の境目にある階段の手前ぐらい。


 ここまで来たのと同じスピードで進めば間に合うはず……だった。




 だけど、明らかに進むスピードが遅くなっていた。俺たちはまだ元気だからという理由で前に進むつもりだった。だけど、元気だったのはキャンプスペースで休めると思っていたからだったみたいだ。


 気持ちは分かる。一つ目標があるとそこまではやる気が出るもんな。


 先に進もうと言い出したリックもミンクも、一瞬でも休めると思ってしまったためか、明らかに集中力が落ちている。それは、セルファとアンリも変わらない。


 正直、このままのペースだと、階段まではたどり着きそうもない。というよりも、今なら引き返した方がいいかもしれない……。




「みんな、どうかな?正直このまま進むより、キャンプスペースに戻った方がいい気がしてきたんだけど……」




 俺は恐る恐るといった感じでみんなに聞いてみるけど、反応はよくない。というより、真っ向から反対される。




「何言ってるんだよ!俺たちは進むってことにしたんじゃん!とにかく、俺はまだ進むぜ!」




「そうそう。そもそもヴォルクスだって進むことに賛成したんでしょ?それなのにちょっと疲れたから休もうだなんて虫が良過ぎると思わない?」




 今度はリックとセルファが一緒になって、進もうと言い出している。




「いや、さっきは申し訳ないと思ってるよ。自分たちの力を過信してた。もっと進めると思ってたんだ……」




 俺が正直にミスを認めても、2人とも譲ろうとしない。




「お前が疲れたなら、お前だけ戻ればいいだろ!俺は先に進む!」




「私も、ヴォルクスが戻りたいって言うなら止めないよ!私たちが前衛なんだから、私たちが先に進むのは自由でしょ!」




 そんなことを言っている。俺たちに挟まれたアンリとミンクが明らかに戸惑っている。


 うーん……ここでケンカするのはマジでよくないよな……。


 ただ、戻った方がいいっていうのも、別に冗談じゃなくて本気で思ってるんだよな……。


 このまま行くと、キャンプスペースに比べて当然安眠できない。ということは、今の疲労を引きずったまま明日を迎えることになる。そうなると、むしろスピードが遅くなる気がするんだよな……。




「けど……」




「もう、うるさいな!もういいよ!ヴォルクスだけ休んでろよ!」




 リックが完全に怒ってしまった……。


 やってしまったな……。


 俺たち中衛から後衛を置いて、リックとセルファが前に進んでいく。


 アンリとミンクは俺と一緒にここに留まったままだ。




「ごめん……」




 俺は2人に向かって謝る。




「ううん。ヴォルクスの言ってることの意味は分かるし……。このまま疲れを溜め込んだら危ない気がするし……」




 アンリは俺の味方をしてくれる。だけど、ここで2人きりにする方が……。




「と、とりあえず私2人を説得に行ってくるね!」




 アンリが駆け出す。1人で行かせるのはまずい!俺も……




「今、ヴォルクス君が行く方がよくないと思うから、僕が一緒に行くよ!ヴォルクス君は1人でも大丈夫でしょ!」




 ミンクもアンリの後を追う。




 ……完全に俺のせいだな……。俺がみんなの仲を壊す原因になるとは思いもしなかった。本当に、このままじゃ……。




「キャ!」




 そう思って俺が呆然としていると、突然悲鳴が聞こえた。


 今の高い声は、セルファの声だ……!




 俺は、声の聞こえた方向に慌てて向かう。


 走ってもすぐにはたどり着けない。思った以上に前に進んでいたらしい。


 あ、あれは、ミンクの姿だ。


 他のみんなの姿も見える。




「みんな!大丈夫か!」




 俺が駆け寄ると、みんなが俺の方を向く。




「だ、大丈夫!」




 セルファは腕を押さえている。どうやら、傷を負ってしまっているみたいだ。


 けど、敵は……いない?




「大丈夫だよ。ヴォルクス君。敵はもう倒した」




 ミンクがそう言う。どうやら、ミンクが倒してくれたらしい。死骸すら見えないってことは、魔物かな?




「……ヴォルクス、ごめん……。セルファを危険な目に合わせちまった。一緒に、キャンプスペースに戻ってもいいかな……?」




 リックが申し訳なさそうに言う。




「いや、俺の方が悪い。ダンジョン内で孤立させるなんてするべきじゃなかった。本当にごめん」




「あー、はいはい。これで二人とも仲直りね!一緒に戻ろう!」




 俺とリックが互いに謝罪しているうちに、アンリはセルファの回復を終えていたらしい。空気を変えてくれた。




 キャンプスペースに戻っている間に何があったのかをリックが話してくれた。




 現れたのは、妖精系の魔物だったらしい。しかも、自分の魔法で作った氷の剣で攻撃を仕掛けてくるような少し特殊なタイプ。アンリとミンクが2人のところにたどり着く前に遭遇してしまい、2人で戦っていた。




「いつも通りやれば大丈夫だと思ってたんだけど、思ってた以上に疲れててさ……」




 リックの攻撃はことごとくかわされてしまう。苦しくなって、大振りになったところで、敵はリックに向かって剣をついてきた。それを、まだ動けていたセルファがかばって攻撃を受けてしまった。




「その後は、追い付いたミンクがすぐに火魔法で倒してくれたんだけどさ……。ダメだな、俺。自分がどれだけ疲れているかも分からずに戦っちゃってさ」




 リックはだいぶ落ち込んでいる。うーん……どうしよう。


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