第19話
ついに、食事だ。
今日はこれを楽しみにして来たわけだから、その前にどんな話をされたところで関係ない。魚介類でしょ?魚介類!
そう思って期待してたら、前菜から出てきましたよ。スモークサーモンみたいなやつ。
いや、久しぶりに食ったよね。生に近い魚。最高!
「どうだね?ヴォルクス君。うちの自慢の薫製魚は」
「お、おいしいです。こんなにおいしいものが食べられるとは思いませんでした」
お世辞ではない。本当においしいと思った。
久しぶりに魚食ったからっていうのもあるけど、味が庶民向け?そんなに薄味じゃなく作ってくれてるみたい。
「オスカーから薄味が好みではないようだということを聞いていてね。今日、料理人には庶民向けの味付けにしてほしいとお願いしたんだ。気に入ってくれたようで何よりだよ」
え?俺に合わせて味付けをしてくれたってこと?なんか、申し訳ないな……。他の人たちに口に合ってなかったとしたら、ただの迷惑な客になっちゃうんじゃ……。
「久しぶりに庶民の方用の味付けで食事をしましたね。やはり、私もこちらの方が好みです。たまにはこのぐらいの味付けで作ってもらうようにした方がいいのではないですか?」
フローラ様がそう言ってくれてよかった。貴族様だから庶民の味付けで食べたことがないというわけではないらしい。
「学院に入ってからはこのぐらいの味付けで食べる方が多いので、私としてはそれほど珍しいわけではないですけどね」
フリーデ様がそう言って微笑む。
フリーデ様は学院に通うために王都の伯爵邸に住んでいるらしいから、今日は久しぶりの帰郷の様子。俺を歓迎するために少しでも歳の近い人が多いほうがいいと考えてのことらしい。ここでも俺用に考えてくれていて少し申し訳ない。
「え!姉さまはこの味付けで普段は食事されているのですか。王都の学院に入るとそれが当たり前なのですか?」
「ええ。アウレール。王都の学院とはいっても庶民の方も複数人通っていますからね。食堂で出す料理は様々な味付けで準備されていますから」
「へぇ、いいですね。王都の中等学院に通うのが楽しみになりました」
俺と同じ歳のアウレール様だ。今はここフェルナの初等学院に通っているようだけど、中等学院では王都のほうに行く予定みたいだね。
「それよりも、私は魔法陣鎧の話をもっと聞きたいです。学院の先生の中でも少し噂になっていたんですよ。特に、カレンベルク伯爵領の人が開発したと聞きつけた様子の魔法陣術研究室の先生なんかは、高等学院の先生と一緒になって私に開発者と話ができないか聞いてこられましたよ」
フリーデ様がそう言って笑う。なんか、そっちでも迷惑かけてるみたいだ。
「なんか、申し訳ありません。珍しいものだとは分かっていたんですが、そこまでのものだとは思っていなくて……」
「いやー、土に書いたものや紙に書いたもので魔法陣術が使用可能なのは分かっていたけれど、物に刻んでも使えるなどというのは聞いたことがなかったからね。魔法弱者の魔術として専門に研究する人も少ないし、もうヴォルクス君は魔法陣研究者としては一番かもしれないね」
アウグスト伯爵がそう言って笑っている。
いやいや……マジで?そんなものを作った扱いになるのか。でも、魔法弱者の魔術って評判が消えるわけではなさそうなんだよな。魔石が必要なのは変わらないし……。
「うーん、そういう意味でも先ほどの……。いや、商品にできないものはしょうがないね」
確かに、魔石粉が出回ってくれれば魔法陣術を使うハードルもかなり下がって評判は変わるんだろうけど、それは無理だからね。
「他には魔法陣術での実験はしていないの?そういう話も聞いてみたいけど」
フローラ様も興味あるんだ。そう言えば、研究者の家系の出らしいって話を聞いたことあったかも。
ただ、魔剣についてはまだ話さないって事前にばあちゃんと相談して決めてたし、ここで話せるような内容の研究はまだ進んでないんだよな。同時発動が使えるようになってればよかったんだけど……。
「そうですね……。ちょっと今はお話しできるような段階のものは……」
「気にしなくてもいいよ。というか、最新の魔法陣研究がどうなっているかという知識もヴォルクス君にはないんじゃないかい?村の学院の図書室には基礎的な説明書しか置かれてないだろう?オスカー、本を仕入れてヴォルクス君に届けてくれるかい?」
「かしこまりました。すぐに届けさせます」
え?いきなりそんなものまでもらっていいの?本当に何でもくれるよな……。正直、俺にはなんでこんなに歓迎されてるかわからないし戸惑いしかないんだけど……。
「アウグストは研究者を支援するのが趣味みたいなもんなんだから気にしなくて大丈夫だよ。ヴォルクス。こいつはそうやって出世したんだから」
「ははは。エリーゼには感謝してるよ。いや、もちろんエリーゼを見つけてくれたオスカーにもね」
え?オスカーさんがばあちゃんをアウグスト伯爵に紹介したの?
「昔の話ですよ。高等学院時代に、なんとか、領土の収入を回復する助けをしたいとアウグスト様に泣きつかれましてね」
「今日ぐらいはアウグスト様はやめてくれよ。公的な場ってわけじゃないんだ」
「あの頃から何年経っていると思ってるんです?いつまでも若いままでいる領主様では今後が思いやられますね」
「はぁ、お前は相変わらずだな」
アウグスト伯爵はため息をつく。なんか、めちゃくちゃ仲良さそうだな。
「ヴォルクス君は知らないよね。私とこいつは中等学院と高等学院で一緒でね。こいつの商才を見込んでいろいろと相談していたんだよ。その功績の一つがエリーゼの紹介なんだ」
へぇ。学生時代のアウグスト伯爵とオスカーさん、ちょっと気になるな。ばあちゃんも、その頃は若かったんだろうな。
「ああ、そう言えば考えてみたらこの場には三組の同級生がいることになるね。なぁ、ローレンツ」
「左様ですね。というよりも、アウグスト様はそのことを考えて儂などをこの場に呼んでいるのでしょう?」
ローレンツさんと同級生……?それってまさか……。
「はっ。同級生だなんて今更考えもしないね。お互い、婆と爺になってまでそんな昔の話したかないよ」
やっぱ、ばあちゃんとか。
「何を言うか、エリーゼ。お前とあいつを結び付けたのが儂だったことを忘れたわけでもあるまい?」
「忘れたよ。そんなこと。あの人も死んじまってからそんな話されても困るだろうしね」
へぇ、じいちゃんとばあちゃんと馴れ初めってやつか。ちょっと興味あるけど、ばあちゃんの目が少し怖くなってるから、突っ込まないようにしとこう……。
「そうだ!父上。あの話はもうヴォルクス殿にはされたのですか?うちの学院に転入するという話!」
アウレール様が、言ってるのはさっきの話か。
「うん。さっき話をしてみたよ。ただ、そんなに簡単なことではないからね。少し考えてもらうことにしたんだ」
「えー?何を考えることがあるんだ?庶民しか通っていない田舎の学校なんかより、うちの方が優秀な人材も多いし、書物なんかも揃ってる。絶対にうちに来たほうがいいよ!ヴォルクス殿」
ん?田舎の学校なんかより?
「そうは言っても、私の仲間もみんな優秀ですよ。それに、私としても地元の仲間には愛着がありますし……」
「えー?優秀?たかが田舎の学院にいるような庶民でしょう?僕の同級生にあったらすぐに転入したいって思うはずだよ!」
「アウレール、やめなさい。立場や住む場所と人の実力は関連性がないといつも話しているだろう?」
「えー?でも、うちの学院は父上の力で集まった優秀な人材の子女が揃っているではないですか。僕は、王都の学院にも負けない生徒であふれていると思っています!」
うーん、なんか俺とは関係ないところで話が進んでないか?しかも、庶民で田舎者では優秀な人材はいないってアウレール様が思っているように聞こえるけど……。別に俺のことはいいけど、あいつらのことを知らない人にけなされるのは納得いかないな……。
「私の仲間はアウレール様の同級生に負けず劣らず優秀だと思いますよ。私は今の環境でも十分な教育を受けています」
「それは、こっちを知らないからだよ。こっちを知ったらすぐに来たくなるって!」
自分の学院が誇りなのは分かる。分かるんだけど、それを主張するために俺の学院をけなすのは納得いかないんだよな。
「分かったよ、アウレール。一度、お互いの学院の交流会をやってみた方がいいかもしれないね。そちらの学院の先生とも相談させていただこう。その交流会次第でヴォルクス君が転入するかを決めたらいい。それでどうだい?」
話がよくない方向に進んでいるのに気づいたアウグスト伯爵がそう告げる。
交流会ね……。あんまり貴族様たちが上から目線で主張するようならこちらから断ればいいわけで、そういう機会を準備してくれるのはありがたい。
「分かりました。しかし、あまり私の同級生たちに不快な思いをさせないようご配慮願います」
「もちろんだ。その日までにアウレールにもよく話して聞かせるし、アウレールのクラスの者たちにも説明会を開いて納得させよう。妙なことになってすまない。ヴォルクス君」
「少し興奮しすぎました。ヴォルクス殿。交流会当日はこのようなことにならないようにいたします」
アウレール様も頭を下げる。
貴族が庶民に頭を下げるなんて思わなかったから驚いた。しかし、不快だったのは事実だから受け入れることにする。
「こちらも売り言葉に買い言葉とはいえ、失礼なことを申し上げました。申し訳ありません」
俺も頭を下げる。
「もう、やめてよ、父上、アウレール。こんなにもおいしい食事がまずくなるでしょ」
その空気を打ち破るようにフリーデ様がそう言う。
その言葉にみんなの空気が緩んで思わず笑ってしまう。
「そうだね。みんなすまなかった。食事の続きを楽しもうじゃないか」
アウグスト伯爵のその言葉で、この話は終了。それからの料理もとてもおいしかった。
しかし、明日、あいつらにこの話、どう伝えよう……。
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