第18話
「あ、こ、こちらは私からです。魔石粉でございます」
魔石粉という聞きなれない言葉にその場のばあちゃん以外の全員が反応する。
「魔石粉?それはどういう……?」
「は、はい。本来、魔石はある一定の大きさのものでしか効力を発揮しませんが特殊な製法によって、粉上になっても魔石の効力を保つようにした製品であります。ご確認ください」
俺はそう言って震える手を抑えてアウグスト伯爵に魔石粉の入った入れ物を渡す。
伯爵はそれを手に取るとじっと眺める。
ど、どう見てるんだろうな……。
「これは……本当に、こんなに細かい粒が魔石の効力を持っているのか?特殊な製法というのは一体……」
「大変申し訳ありませんがそれは……」
「あ、あぁ。いやすまない。今はまだ製品ではない以上公開できないだろうな。分かっている。気にしなくて構わない」
まだ製法は教えられないということにしている。
ここで製法を教えてしまい、魔石粉が別の工房でも作られてしまった場合、製作者として正式に申請することが困難になるからだった。
前世でいう特許権ってやつだね。実際は俺の独自魔法で作ってるから、再現できるのかは分からないけど、念には念を入れておいた方がいい。
「しかし……実際にどの程度の力があるかは試した方がいいな。ローレンツ、フォスカーに判定機を持ってこさせてくれ」
「はっ」
ローレンツさんがその場を離れる。
判定機は魔石の効果を測定する機械で、これはばあちゃんの製品ではない。なんでもばあちゃんが作ってるってわけじゃないんだよな。うん。ただ、これもカレンベルク伯爵領の人が作ったもののはずだ。
「旦那様、持ってまいりました」
フォスカーさんが入ってくる。判定機を持ってるけど、見たことあるものよりも大型だ。普通のものだと家庭用の鍋ぐらいの大きさだけど、これはその2倍ぐらいはある。
「これは、かなり細かく魔石の力を測定できるものでね。試作段階ということで、今は恐らくうちにしかないはずだよ」
俺が驚いた顔をしていたからか、アウグスト伯爵がそう告げる。実際、俺は判定機使ったことないから、この魔石粉がどれだけの効果持ってるか知らないんだよな。魔法陣術は特殊だから魔石の大きさに効果が左右されないし。
本来、魔道具は魔石の大きさによってだいぶ効果が違う。当然、大きい魔石であれば効果も大きい。この間完成した冷凍庫は-20度を保つために必要な魔石の大きさが結構なもので、そこに込める術式の量と相まって結構なサイズになってしまったみたい。ばあちゃんは輸送できるレベルのクーラーボックスみたいなものを作ろうとしてたんだけど結果的に無理だということになってた。やっぱし、魔法陣の仕様がちょっとおかしいんだと思うんだよな。
「まぁ、見てくれ。これが魔石一欠片での反応だ」
そういって、魔法陣鎧にも組み込まれている大きさの魔石一欠片を装置の中に入れる。
装置の蓋を閉じると、装置が微かに光りだす。
「これが一欠片による反応だね。これが、一塊になると……」
装置に入れる魔石の大きさを変える。光の量がかなり大きくなった。普通に常備灯の代わりになるんじゃないか?ってぐらいの明るさだ。
「まあ、このように光の大きさがだいぶ違う。それじゃあ、この魔石粉を入れてみようか。とりあえずこのぐらいかな?」
そう言ってアウグスト伯爵は魔石粉を一つまみ装置の中に入れる。
光の輝きの量は先ほどの一欠片を入れた時とほぼ同じ……いや、ちょっと大きいかな?
うん。普通の魔石と同じぐらいの性能はありそうだ。よかった。
「な……たったこれだけの量で一欠片とほぼ変わらない性能……。オスカー、これをどう見る……?」
「ええ……これが普通に出回るようになると、様々な魔道具の小型化が実現できますね。細かいことは、エリーゼ様のほうがお詳しいと思いますが……少なくとも、私に言えるのは魔石の価値が変わるということです。一塊の値がどう動くのか……正直予想できかねます……」
オスカーさんが珍しく驚いた顔をしている。こんな顔をしているのは魔法陣鎧のプレゼンをしているときにすら見せなかった。今までで一番驚いてるんじゃない?そんなにか……。
「確認なんだが、これもヴォルクス君が作ったものということで間違いはないよね?」
「はい……。細かい話はしかねますけど、今は私しか作れないと思います」
その言葉にばあちゃんもうなずいてくれる。
「少なくとも私には作れないよ。実際に作り方をこの子に教えてもらってもできなかった。今後、この子以外に作れる者が出てくるかどうかも保証はできない。要するに商品としては微妙なのさ」
ばあちゃんは場の全員の戸惑いように笑う。
「確かに、これが量産できれば革命だろうけどね、現在、製法を知ってるのは私含めて家族四人だけ。しかも、この子しか作れないとなると、アウグスト領に広まるまでも行かないと思うよ。そりゃ、この子以外に作れる人を見つければいいんだろうけど……」
ばあちゃんは言葉を濁す。
そう、俺はそこまでたいしたことじゃないと思ってた複合魔法、ミンクが一年以上練習してもできない以上結構難しいものだと思われる。
少なくとも俺と同じだけのイメージ力と魔力が必要となるんだと思う。初めて使えたころは魔力が10000ぐらいはあったんじゃないかと思うから、少なくともそのぐらいは必要だと仮定する。ばあちゃんが使えないとなると、既に固まった魔法イメージでは無理。
若い発想力が要求される。
その若さでそれだけの魔力を持っていて……。そのレベルの職人は、どれだけいるのか、俺は詳しくは知らないけど、そう大勢いるというわけではないのは分かる。
「そんなに複雑な製法だと……。うーんそうか……エリーゼも作れないとなると、それが確かに相当厳しいものなのだろうね……」
アウグスト伯爵が悩んでいる様子を見せる。
うーん。お土産、間違えたかな……?こんなに悩ませるつもりはなかったんだけど……。
「アウグスト様。そのような反応ではヴォルクス様が……」
「ああ。すまないね。いや、いい製品だということは分かった。これを使って実験……というのが簡単にできるようなものでもない貴重なものだということもよく分かった。このような素晴らしいものを手土産と持ってきてくれて感謝するよ。ありがとう」
オスカーさんの言葉にアウグスト伯爵が笑顔でそう言ってくれる。
喜んでもらえてるかは微妙なところかもしれないけど。まぁよかった。
「だけど、あなた。これだけのものが作れるとなると、やっぱりあの話は勧めたほうがいいんじゃない?」
「ああ、それもそうだね。本当は食事の席で話そうと思っていたことではあるんだけど、こういうのは早く言っておいた方がいいかもしれない」
あの話……?なんだろう?不穏な空気を感じるな。少し嫌な予感?
「ヴォルクス君。君に一つ提案があるんだ。君は今、村の初等学院に通っているね?」
「はい。もちろんです」
何を言うかと思えば、そりゃそうだろう。初等学院に通う年齢なんだから。
「君さえよければだが、この領都フェルナの街にある初等学院に通うつもりはないかい?」
ん?どういうこと……?転校しないかという誘い……?
「ちょっと待ちな、アウグスト。あんた、そんなことを考えていたのかい?」
ばあちゃんも初めて聞いたことみたいで戸惑ってる。
「ああ。オスカーにヴォルクス君の話を聞いた時から考えていたよ。正直、村の初等学院は図書室に置いてある本も若干古いし、設備も整ってはいないだろう?いや、そちらの村までそういったことが追い付いていないのは私の失政だと言われてしまうとそれまでなんだが……。しかしね、ヴォルクス君のような才能ある若者がそのような環境で学んでいるのは、我が領にとって……いや、国にとって損失だと思うんだ」
それは、あんな田舎じゃろくな教育受けられないだろってことかな?うーん……。
「いやいや、うちからここまで通うとなると、毎日馬車通いかい?時間的に不可能ってわけじゃないだろうけどね……」
「勿論、通いを希望するというなら、馬車の手配はカレンベルク家が請け負うし、ヴォルクス君が望むならこっちに拠点となる家を用意してもいい。学びの環境として私のできる上で最高の環境を準備したいと思っている。必要なら、学院の教師に掛け合って一部屋研究室も提供しよう」
突然の話過ぎて頭が追い付かないけど、アウグスト伯爵の強い熱量は感じる。
「い、いや……しかし……」
同級生たちもいる。リック、アンリ、セルファ、ミンクたちの顔が浮かぶ。あいつらと突然離れ離れになるっていうのも……。
「戸惑う気持ちはよく分かる。別に今すぐ結論を出してくれというつもりはない。転入の手続きなんかもあるしね。3年生に上がるタイミングで構わない。ただ、考えてみてくれるかい?」
「私としては、アウレールのためにもお願いしたいの。やっぱり、優秀なクラスメイトがいるというのは刺激になると思うし、王都の中等学院に行くときの助けにもなると思うし」
フローラ様もそう言ってくる。あぁ、伯爵の息子さん、俺と同じ歳だからな。同級生ってことになるのか。
「私もいい話だと思いますよ。以前にもお話ししましたが、最終的に王都の学院に通うおつもりなら、友人の繋がりは持っておいた方がいいと思います」
オスカーさんは伯爵側か。そりゃそうだよね。
まぁ、少しは考える時間をくれるみたいだし、正直、この場でいきなり決めるっていう話じゃないだろうし……。
「そっちで勝手に話進めてるみたいだけど、こうなってくると家族の問題でもあるからね。その話は家に持ち帰らせてもらうよ」
「エリーゼの言うとおりだ。突然すまなかったね。さて、そろそろ食事にしようと思うのだけど、いいかな?今のことはとりあえず置いておいて、カレンベルク家自慢の料理を堪能していってくれたまえ」
ばあちゃんが話を切ってくれて助かった。こんな話の後で、食事ちゃんと楽しめるか不安だったけど、おいしいものが食べられるなら、忘れられそう……かな?
「はい、いただきます」
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