第15話

 伯爵家に俺がご招待を受けた。


 正直、いまだになんでそんなことになったのかよくわかってないんだけど、伯爵様は研究者とか製品の開発者が好きで、ちょくちょく招いてるらしい。


 いや、ばあちゃんは賢者様だからたまに伯爵様と食事してること知ってたけど、まさか俺がお呼ばれするとは……。俺はただの片田舎の初等学院の生徒なんだけどな……。




「そんなに心配することはありません、ヴォルクス殿。我が主は身分の差をあまり気にされないお方でありますから。で、いつならご都合よろしいでしょうか?」




「身分の差を気にされないとはいっても基礎的なテーブルマナーぐらいは身につけておかなければならないからねぇ。かといってあまりに待たせるのも申し訳ないし……。一週間後ぐらいでいいかい?」




「問題ないと思いますよ。ああ、その際は私もご一緒させていただきますので、よろしくお願いいたします」




 俺を置いて話がどんどん進んでいく。


 待ってよ。俺の意思とかどうでもいいわけ?


 いや、でもそうか。相手は何といっても領主様。お断りする方が不敬に当たるのか……。けど、行きたくないし……あぁ……。




「あぁ、けど、礼服を準備しなきゃならないんじゃないかい?ヴォルクス用のはさすがに準備してないんだけど……」




 そうだ!礼服なんて持ってないぞ。礼服を作るとなったらオーダーメイドだろうし、一週間なんかじゃ作れるはずが……。




「大丈夫ですよ。ほとんど着ることはないとはいえ、ヴォルクス様には初等学院の制服がおありでしょう?」




 あぁ……確かに制服はある。普段、着ていく必要ないから、入学式のときぐらいしか着る機会がないけど、うちなら少しサイズが合わなくなってもすぐに自分たちで手直ししちゃうからな……。


 ん?行けない理由がどんどん潰されていってない?




「もう、諦めな。ヴォルクス。いい経験になるし、貴族との関わりは持っておいて損はないよ。向こうから来てくれって言ってるんだから、むしろ喜んだ方がいいぐらいだよ」




 ばあちゃんはこういうのに慣れてるからそう言うだろうけど、俺は緊張のほうが勝っちゃうよ。だって、貴族様だよ。初めて会うよな。本物の貴族様……。




「ヴォルクス様は今は村の初等学院に通っていらっしゃるそうですが、中等学院もこのまま近くのところに進むご予定ですか?」




 ん?突然何の話だ。今のこの話の流れに何の関係が……?




「いえ……。できれば王都の学院に通いたいとは思ってますけど……」




 王都の中等学院は研究施設なんかもレベルが違うし、蔵書冊数も相当なものだ。馬鹿にされながらも魔法陣術について研究している先生もいるって話だし、そういった点でも魅力的。




「王都の学院は、各地から優秀な人が集まってきます。その大半が貴族の子女。それに、アウグスト様のお子さんであるアウレール様はヴォルクス様と同じ年。アウレール様も王都の学院を目指して領都の初等学院にて学業に励んでおりますし、数年後同じ学院の学友になるやもしれません。先にお会いになっていた方が何かと都合がいいと思いますよ」




 くっ。俺にとって得なことを言ってくるなんて、さすがはオスカーさん……。はいはいわかりましたよ。行きますよ。行けばいいんでしょ。




「では、ヴォルクス様もご納得いただけたということで、一週間後でよろしいですかね。伯爵様のご予定を確認し、こちらからご連絡いたしますので……」




「それで構わないよ。いいよね?ヴォルクス」




「う、うん……」




 くそー。決まってしまった。テーブルマナーとか、前世でも全然詳しくなかったんだよな。こっちの世界独特のものもあるだろうし。あー!全然研究とか魔法の練習とかできないじゃないか!






「ヴォルクス、領主様のお屋敷に呼ばれたって本当?」




 次の日、学校に着くといきなりアンリにそう話しかけられた。


 家で何かあるとほぼ確実にみんなには知られてる。ロックさんがリックに話して、リックがみんなに話してって流れなのは分かってる。まぁ、知られて困ることがあるわけじゃないからいつもはいいんだけど、この件もすぐに知られるとはなぁ……。




「う、うん。そうだよ」




「なんか、すごい商品も作ったみたいだし、どんどんヴォルクスが偉い人になっちゃうみたい……」




 アンリ、そんなこと思ってたのか?




「そんなことないよ。別に学校やめるわけじゃないし、いつでも帰ってくるのはここだから」




「えー。偉くなって領都に引っ越したりしない?本当に?」




「本当本当」




 中等学院は王都のを目指すけど、初等学院はこのまま通い続けるつもりであることは変わらない。


 大体、みんなの成長を見てるの楽しいし……って俺は先生かよ!


 たまに同級生としてじゃなくて、上からの感じで見ちゃってるのは直さなきゃいけないところだと思ってるんだけどねー。




「けど、領主様の家で飯食えるんだろ?きっと美味いもん食えるんだろうなぁ。いいなぁ」




「リック、さっきからそればっかり。食べ物のことしか興味ないの?」




 リックの言葉にセルファが笑う。


 こういう感じのやりとりも、やっぱしここじゃないと味わえないしね。




 それより、そうか、食事か。


 実際、この世界の貴族様って何を食べてるんだろうか。




 このあたりは、昨日リックとロックさんがしていたように、狩りで獣の肉を獲って食べるのが基本だ。


 猪みたいな生き物とか鹿みたいな生き物なんかはよく獲れるし、それに美味い。いわゆるジビエってやつだよね。村の近くで獲れたものだったら新鮮だし、そんなに高価ではないからよく食べてる。


 アンリの家は商店をやってるから、そこで買うこともある。乾物が多いかな。


 氷魔法を使えば急速冷凍もできるけど、猟師も漁師もそんなに魔力が高い人はいないから、ばんばん魔法使うわけにいかないしね。




 後は、農作物。


 農家では小麦や豆や芋なんかを主食として作ってる。米は見たことないんだよな。ないわけではないと思うんだけどねー。


 野菜なんかもそれなりに豊富にあるから、困ったことはない。


 セルファの家は農家だし、近くの町とか村も農家は多いしね。




 あまり出回らないものっていうと、新鮮な魚介類かなぁ。もしも、そういうものが食べられるなら食べたいよな。刺身とか、この世界に来てから一度も食べてないし。


 あー、考えたら寿司食いたくなってきたな。


 寿司、ないかな。




「あぁ、でも、テーブルマナー勉強するために今日の夜は領都の貴族向けレストランで食事することになってるんだった。何食べられるんだろう?」




「えー。ヴォルクスも結局食べ物?そんなのリックと変わらないじゃない」




「なんだよ。リックと変わらないって。ヴォルクスなんて、ちょっと頭がいいだけで俺と変わらないだろ!」




 リックのその発言にみんなが笑う。


 ミンクも笑ってるよ。


 いやいや。リックがかわいそうじゃん。




「明日になったら何食べたか教えてやるよ。きっと美味いんだろうなぁ……」




 みんなから羨ましいだのなんだの言われて、いつも通り朝練をすることになった。






 しかし、本当にみんな強くなったよな……。


 みんなが俺のゴーレム相手に戦っている姿を見ていて思う。


 やっぱり、召喚されている魔物は術者の慣れとか実力によってだいぶ動きが変わってくるみたい。だから、俺は仕事でもゴーレム使ってたわけで、大分いい動きしてると思う。いくら実力をみんなに合わせてるとは言え、そのゴーレムの動きについてこれるっていうのは相当なもんだと思うんだよな。




 村でしかやってないから、比較対象がいなくてよくわからないんだよなぁ。


 別学年の先輩なんかともあんまし交流ないし、3年生になったら遠足の機会なんかも増えて外で弱い魔物相手に戦うこともあるみたいなんだけど、2年生のうちはそういうのもないし。


 同年代だったら、もしかしてトップクラスで強いんじゃない?


 親バカならぬクラスメイトバカって感じだけどね。




「ヴォルクスー!集中してよ!」




 アンリが目ざとく俺の意識が抜けてることに気づいて注意してくる。アンリは本当にみんなの動きをよく見てるよな。完全に俺たちのまとめ役って感じだ。


 いや、俺がまとめろよって思うところかもしれないけど、基本的に向いてないんだよね。まとめ役。




「いつもヴォルクス君にばっかりゴーレム召喚してもらって悪いから、明日からは僕にやらせてもらってもいい?」




「え?なに?どうしたの。突然」




「いや、僕も最近は毎日家でゴーレム使う練習してるから、そろそろみんなの練習役になれるかなって思って」




 へぇ。ミンクもすごいな。


 これはお願いしてみるかな。俺も最近は朝練で自分の魔法の練習してないし。


 仕事も落ち着いたし、伯爵様にお呼ばれするし、魔石を少しぐらいねだっても怒られないだろうから、学校に持っていっていいか、今日帰ったら聞いてみようっと。


 学校で魔法陣術の研究できるようになったらこれから楽だぞ!




「わかった。みんなはいい?」




「いいよ。ミンクの魔力はよくわかってるしな。明日からはヴォルクスこなくたっていいぜ!」




「リック。元々これはヴォルクスが始めたことでしょ。私も大丈夫」




「私もいいよー。ミンクもすごいんだねー!」




 全員乗り気になってくれてるみたい。


 これは、これからの朝練も楽しくなりそうだ。


 俺のゴーレムとミンクのゴーレムを戦わせてみるのもいいかもしれないし、できることがどんどん広がっていくな!

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