第16話

 学校は楽しかったけど、そのまま帰ったらすぐに正装に着替えさせられて領都に行くことになった。今日の正装は制服じゃなくて、父さんが子どもの頃にばあちゃんが参加する式典なんかに出るときに着ていた服のお下がりみたい。


 最近はそういうのに出るのも断ってるみたいだけど、父さんが子どもだった頃にはばあちゃんもよく出てたらしい。賢者様と呼ばれるようになる前のことだってさ。興味あるよな。そのころのばあちゃん。




「そんな昔のことは忘れたよ。別に出たくて出たわけじゃないしね。地位を作るまではしょうがなかったんだよ」




 その頃の話を聞いてみたらそんなことを言ってごまかされた。




 貴族向けのレストラン。今日は、ばあちゃんと母さん、それとオスカーさんが一緒だ。テーブルマナーの指導役は是非私がとか言ってきたらしい。なんで、この人はこんなに俺に興味があるのかよく分からないけど、教えてくれるというんだったらありがたく教わろうと思う。




 貴族向けレストランで出される料理、しっかりとしたいわゆるフルコースだ。


 最初は前菜。きれいな野菜料理が出てきたんだけど、味が……?ほとんどない?




「戸惑っていらっしゃるようですね。貴族向けのお料理は全体的に薄味が基本なのです。貴族の皆さんは我々以上に食べる品目が多く、それを一日4回や5回食べることもあります。会食なんかの機会が多い影響ですね。そのせいで、通常の塩分量の料理ばかり出してしまうと、体に悪い。ということが数十年前にわかりまして。それから、少しずつ塩分量を減らし今に至るというわけです」




 貴族は庶民よりも飽食で栄養状態もいいはずなのに、長生きするものが少ないと昔は不思議がられていたらしい。その辺の研究を行った医者がいて、結論としてそういう話になったんだって。うーん。じゃあコース料理なんかにしないで何品かにすればいいのに……。




「そういうわけにはいかないんだよ。貴族には見栄ってもんがあるからね。いろんな食材集められるのは権力の証。それも、新鮮でうまい料理をたくさん出せるってのは、お抱えの漁師やら猟師の技術の証明にもなるからね」




 なるほど。沢山の食材をその日の人数分準備できたってだけで力の証明につながるわけか。ややこしそうな世界だなぁ。




「ただ、確かカレンベルク様は特定の漁師と交流があって、お魚を夕食で召し上がることが多いと伺いました。ヴォルクスももしかしたら食べられるかもね」




「シャロン様、お詳しいですね。私も幾度かいただいたことがございますが、新鮮な魚介類は美味しいですよ。アウグスト様はここぞというときにはお出しになるので、ヴォルクス様も召し上がることはできるかと」




 おお!魚料理を食べられるかもしれないのか!久しぶりの魚料理、楽しみだな。




 それから、スープ料理が来た。普段は音を立てるのとか気にしないけど、今日は気を使うよな……。




「ヴォルクス様、そんなに緊張なさる必要はありませんよ。ここまで見ていてもさほど問題はございません。このマナーに関しては、シャロン様が教えられたのですか?」




「いえ……私は教えてませんが……。どこで教わったの?」




 まさか、前世で聞きかじった知識を活用してるなんて言えないし……。




「み、みんなの見よう見まねだからね。よく観察してやってるだけだよ」




 とかいう謎の言い訳をしてしまった。




「ほう、さすがヴォルクス様は観察眼も優れているのですね。やはりそういったところが、ああいう発明をする基礎になっていらっしゃるのですか?」




 やべぇ。謎の言い訳をしたせいで追い詰められてる気がする……。




「さ、さぁ。自分ではどうかわかりませんね。ははは」




 笑ってごまかすしかなかった。


 そっから先は、なんとかマナー的には乗り切ったかもしれないけど、何の話をしたか覚えてないし、どんなものを食べたのかもよく覚えてない。


 変な嘘をつくのはよくないね!






 次の日、前日にミンクのゴーレムを使って朝練をやるって話になってたから、その通りにすることに。


 俺は、ばあちゃんに土下座する勢いで頼んで、魔石一欠片を使わせてもらうことに成功していた。


 いやー、よかったよかった。実は一つ実験したいことがあったんだよね。




「ヴォルクス、なにしてんのー?」




 俺が実験のための準備をしていると、アンリが近寄ってくる。




「ん?魔法陣書いてるんだよ。とりあえず万能陣ね」




「本当にヴォルクス、魔法陣好きだよねー。鎧も魔法陣使ってたし」




「魔法陣はロマンだからな!」




 俺の言ってることの意味が分からないのか、アンリは不思議な顔をしている。いやいや、魔法陣で魔法使うのカッコいいじゃん。そもそも、詠唱なしで使えるのもカッコいいしね。




「うーん。分かんないや。ごめんね」




 アンリは笑う。まぁ、誰にも分かってもらえないからいいけどさ……。




「よし。完成」




 俺は、地面に魔法陣を書き上げると、魔石をミキサーで削り始める。削った後の魔石の粉は準備しておいた袋の中に入れておく。


 この袋を持っておけばいつでも魔石使えるようになるからね。ようやく、こういう準備ができるようになったよ……。今までは家の中でしか魔石使わせてもらえなかったからさ。




「あー、ちょっと危ないと思うからアンリは離れてて」




「え?魔法陣術でしょ?危ないってどういうこと……?」




 あー、そうだよな。そういう認識だった。


 考えてみたらあんまりでかいの使うのはまずいか……。


 ちょっと抑え気味にやろうっと。




「うーん。ちょっとね。ってか、ミンクのゴーレムと練習しなくていいの?」




「あっ!そうだった。ヴォルクスが面白そうなことやってると思ったからこっち来ちゃった」




 面白そうだったかな?それにしては魔法陣術には興味なさそうだけど……。


 アンリが去っていくのを見届けると、魔石粉を2、3粒取り出して魔法陣の上に振りかける。


 そこに魔力を込めると……。




 うん。少し火柱が立った。


 よし。うまくいったな。ここまではうまくいくのは分かってたんだけど、この後なんだよな……。




 俺は同じような魔法陣をもう2つ書いて同じように魔石粉を振りかける。


 それぞれに魔法を込めてしっかり反応するかを確かめる。よしよし。問題なしだな。




 さて……。


 俺は、ばあちゃんのまとめて検品する魔法を思い出していた。


 あれを見たときにはただただ驚いただけだったけど、それから、一緒に仕事をして何度か見るうちにこれは応用できるんじゃないかと思い始めた。


 あれをやるにはさすがに今の俺の魔力では全然足りないけど、魔法陣を発動させるぐらいの魔力ならいける気がしたんだよね。


 魔力を薄く広げて、魔法陣それぞれに包み込むように……。




「魔法陣同時発動!」




 俺は低くつぶやく。こういうときにはしっかり詠唱した方が上手くいく可能性が高いのは経験から分かっていた。


 ……どうだ……。






 結局、魔法陣は発動しなかった。


 うーん……。発想が間違ってるとは思えないんだけど、イメージが足りないのか、魔力が足りないのか……。


 もう少し練習する必要がありそうだ。


 これからの課題にしようと思う。




 そう考えながら、4人の方を見る。


 ミンクのゴーレムは思った以上にいい動きをしてるみたい。素早さでいったら俺のよりも上なんじゃないかな。


 ちょっと詳しくは分からないけど、召喚するゴーレムにも個性みたいなものが出るのかもしれない。




「ミンクー。俺もゴーレム召喚するから、一緒に戦わせてみない?今までは、ミンクの魔法の実験台になるだけで戦わせたことはなかったよな」




 俺はミンクに声をかけると、輝いた目で見返してくる。




「いいの?やってみたい!」




 おお。相変わらず魔法に関することのやる気が違うね。ミンクは。




 お互い、ゴーレム同士の戦いに集中するため、他の3人の練習は一旦やめにしてもらった。


 3人は観戦するみたい。教室戻ってていいって言ったんだけどな。




 俺が魔力込めまくったらゴーレムも強くなりすぎるから、サイズと強さはミンクの魔力に合わせることにする。


 ミンクは2000のはずだから、人型βタイプぐらいでちょうどいいだろう。




 召喚されたゴーレムはまず見た目が違う。


 ミンクの方は、初めて召喚した鎧兜をつけた埴輪のようなやつが大きくなったイメージ。フォルムも可愛らしい。


 俺のは、レンガを積み上げたような形の……要するにあの有名なRPGに出てくるゴーレムのような感じ。


 恐らくそれぞれのイメージが具現化されてるんだろうなと思う。




「はーい、じゃあ、2人とも準備はいい?はじめ!」




 セルファのかけ声とともにミンクのゴーレムが俺のゴーレムもとに向かってくる。


 やはり機動力はミンクのやつの方がありそう。


 それに対して、俺のは動きが遅いけど、防御力や攻撃力は高い。




 ミンクのゴーレムの攻撃が俺のゴーレムに当たるが、それぐらいでは土がはじけ飛ぶこともない。


 受け止めた直後、俺のゴーレムが拳をくりだす。


 ただ、その動きの鈍さではミンクのものに当たるはずがなく空振り。その隙をついたミンクのゴーレムはもう一度俺のものに攻撃をぶつける。




 うーん……。このままだとずっとこのままだな……。


 俺のはどんなに攻撃を当てられても大したことはない。ただし、こちらからの攻撃が相手に当たることもない。


 しばらく、そのままの時間が続き……。




「はい!時間切れ!」




 突然、アンリの声が聞こえた。


 ん?あぁ、集中してて気付かなかった。そろそろ授業が始まる時間か……。




「あーあ。残念」




「そうだなー。どっちが勝つか楽しみだったのに」




「そうじゃなくて、勝ち方が思いついたのに出来なかったから……」




 え?勝ち方が思いついた……?


 ミンクはこんなことで嘘をつくやつじゃないから本当だと思うけど……。




「え?どうやって……?」




「それは、秘密!次にやるときに見せてあげる」




 そんなことを言われたらめちゃくちゃ気になるじゃないか!


 結局、その日はそれが気になって授業に集中できなかった。


 絶対もう一回やらないとな!


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