第14話

 プレゼン終了後、いくつかの商会はすぐにこちらに話を持ちかけてきた。


 こちらの生産体制がどの程度なのかを聞いて、いくつ仕入れるかを持ち帰って考えるというもの、この場でとりあえず十数個確保しておこうとするもの、様々だ。


 中には俺に話しかけて来る人もいる。




「いやー、このような製品を開発されるなんて、さすがはエリーゼ様のお孫さんだ。やはり、お婆様から色々と教わってこのような発想を?」




 さっき、俺のことを知らずに恥をかいたと感じているのか、クラウド商会のマックスさんがしきりに話しかけてくる。




「い、いえ……。祖母からはさほど特別なことは教わっていないと思いますが……」




「またまた。私もこの間息子が生まれたのですが、一商会員の息子などではエリーゼ様のお孫さんには到底敵わないでしょうね。ははは」




「あー、もううるさいねぇ。あんたんとこの息子がどうだろうが知ったこっちゃないよ」




 いつのまにか隣に立っていたばあちゃんがいきなりそう言って切り捨てる。そんな言い方しなくても……。マックスさんびっくりしちゃってるじゃん。




「い、いや。あの……」




「この際だからはっきり言っておくけどね。ヴォルクスがこの鎧を開発できたのは、簡単に魔石が手に入る立場にあったっていうのはあるよ、それは私の孫だからかもしれない。けどね。だからってこの鎧は開発できないよ。現に私は仕事で魔石を沢山扱ってても作れなかったんだからね。つまり、この鎧が開発できたのはヴォルクスがヴォルクスだったからで、私の孫だったからなんかじゃないよ。それを覚えておきなさい」




 ばあちゃん……。


 突然ばあちゃんが怒り出してどうしたんだろうと思ったんだけど、ばあちゃんの孫だから魔法陣鎧を作れたと思われてることが俺以上に腹立ってたんだね。俺が怒らない代わりに怒ってくれたみたい。ありがとう。ばあちゃん。




「え……えーっと……」




 マックスさんが答えに窮しているところ、オスカーさんがこちらに近寄ってくるのが見える。




「マックスさん。あなたは先ほど、こちらの鎧が魔法陣術によるものだと分かった瞬間、来たのは失敗だったような反応をしていらっしゃったようにお見受けしましたが?いきなり、手のひら返しですか?」




 あぁ、何人かあきれたような反応してるのは分かったけど、そのうちの一人はマックスさんだったのか。


 しかし、この人、俺たちの方だけじゃなくて他の商会の反応まで見てるのか。凄いな……。




「そ、それは……。魔法陣術が魔法弱者のものであるというのは……」




「常識。私もそうだと思うよ。けどね、その常識を疑うからこそ、ヴォルクスはこれだけのものを製作出来たんだよ。あんたの息子がヴォルクスのような功績を残せないとしたら、それは父親であるあんたのその常識にとらわれる視点が原因なんじゃないかね」




 ばあちゃんが更に追い立てる。


 マックスさんは責められて、だんだんと怒ってきたように見える。




「わ、私は本日クラウド商会の担当者として全権を委任されています。私にそのような暴言を浴びせるのであれば、今回の取引はお断りさせていただきますよ!」




「はぁ……」




 あらら。ばあちゃん、今度はため息ついちゃったよ。




「マックスさん、クラウド商会さんがこの鎧を取り扱わなかったところで、ヴォルクス様もエリーゼ様も困ることはないと思いますよ」




「な、なぜ!私どもはブランデンブルク侯爵家の御用達商会です。こちらの商品はブランデンブルク家で扱うことはなくなりますよ!」




「なるほど。それは我々にとってはむしろありがたい。ブランデンブルク侯爵家へ売り込みに伺う機会が生まれるということですから」




「くっ!今後、クラウド商会がそちらの工房と取引させていただくかどうかは、クラウドと相談させていただきますので。それでは失礼いたします!」




 あらら。マックスさん怒って帰っちゃった。




「取引中にあれほど感情をむき出しにしてしまうとは、まだまだ若いですねぇ。このような大事な取引を彼のようなのに任せるなんて、クラウドさんも老いたかな?」




「オスカー。やりすぎじゃないかい?」




「エリーゼ様。それは酷い。私はエリーゼ様の加勢をしただけで、私自らの意思で申し上げたわけではありませんよ。ただ、ブランデンブルク家には伺う必要が生まれましたかね……。ふふふ」




 本当に商機だと考えてるような笑みを浮かべてる。


 この人、こわいな……。母さんの言ってたことがよく分かった。




「ただ、私もエリーゼ様のおっしゃっていた通りだと思いますよ。魔法陣鎧は、ヴォルクス様の常識にとらわれないその視点から生み出されたものです。私たちのように歳をとってしまうとそういった柔軟な発想というものができなくなりますからね。今後も、その柔軟な発想で様々な製品を創り出していただくこと、楽しみに待っておりますので」




 そう言ってオスカーさんは頭を下げる。


 うーん。どこまで素直に受け取っていいものやら……。




「あんたは自分が儲けたいだけでしょうに」




「え?それは勿論。私は商売人ですから、儲けたいというのは間違いありません。ただ、いい商品を適正な価格で広めることで我々が儲かるのであればそれに越したことはありません。そうは思われませんか?」




「はいはい。そういうことにしとくよ」




 ばあちゃん、オスカーさんと話すときは楽しそうだな。






 それからも、いくつかの商会と商品の販売契約を交わしたところで今日のところはおしまいということになった。ばあちゃんが、「新商品の、しかも新人の製作者のものとしては幸先がいいスタートは切れてるよ」と言ってくれてたから、今日の結果は成功と言っていいだろう。


 よかったよかった。




 それから数日後、クラウド商会の新しい担当者という人がうちに来て、今日のことを謝罪すると共に正式に商品を卸す契約もしたっていうのを聞いたときにはちょっとマックスさんに申し訳なくなったけどね。






 プレゼンの日から一週間後、今日は学校が休みで、しっかり仕事ができると思ってたんだけど、今日は休日を言い渡されてしまった。


 数週間前まで、商会の人に配る用の資料を作るために細かいデータを取ったり、数値の計算が雑だったところを直したりと結構根詰めて仕事をしていたのが母さんにバレて、それをばあちゃんに報告されてしまった結果、仕事は禁止ということになってしまった。




 仕事だけじゃなくて、魔法陣に関する研究も禁止、召喚術も使用は禁止ということで、マジで何もすることがない。


 体を休めればいいんだろうけど、この世界にはゲームなんかもないし、どうやって時間つぶそうかな……。




 最近はなかなか遊べてなかったし、友達と遊ぶか……!と思って、昨日クラスのみんなに今日の予定を聞いてみたはいいものの、リックはロックさんと狩りの練習。セルファとアンリは女子二人で遊ぶって言ってた。ミンクは暇だって言ってたんだけど、召喚の練習をしたいっていうから、召喚術禁止の俺に付き合わせては申し訳ないからパス。


 というわけで、予定がマジで何もない。




 というわけで、少し外で体でも動かそうかと思っていたところで、うちの扉をノックする音が聞こえてきた。


 誰だろう?


 そう思って扉を開けると、そこには見たことのないおじさんが立ってた。


 おじさんというよりもおじいさんかな?ただ、背中はピッとしてるし鎧もきている。外に馬をつないでるからそれに乗ってきたんだろうな。老騎士って感じかな。




「どちら様ですか?」




 俺がそう尋ねると、相手が笑顔を向ける。開いた瞬間の顔は怖かったけど、笑うと優しそうな顔になる。




「ああ。申し訳ない。私、ローレンツと申すもの。エリーゼはご在宅かな?」




 エリーゼ?ばあちゃんを呼び捨てにする人って珍しいな。




「あ、はい。少々お待ちください。呼んできます」




 何者だろう。ローレンツって言ってたけど、ばあちゃんの知り合いなんだろうな。




「ばあちゃん、ローレンツっていう人が来てるんだけど……」




「ローレンツ……?何しに来たんだい?あいつが」




 ばあちゃんは怪訝そうな顔で俺に付いてくる。やっぱり知り合いなんだな。




「何しに来たんだい?老いぼれ」




 ばあちゃんはローレンツさんの顔を見るなりそう話しかける。老いぼれって……。




「久しぶりに会った友人をつかまえて老いぼれとはご挨拶だな。エリーゼ。そんなこと言ったら君だって……」




「私も老いぼれたから、同じ年のあんたも老いぼれだろう?しかし、本当に久しぶりだね。あの人が死んで以来かい?」




 あの人っていうとじいちゃんかな。俺が生まれる2年ぐらい前に亡くなったって聞いたけど、ばあちゃんとじいちゃん両方の知り合いってことかな?




「ああ、そうだな。あいつが死んでから、どうもこちらに足を向ける気にならなくてな……」




「で?そんなあんたが何しに来たんだい?何の用事もなく、王宮の騎士様がこんな片田舎に来ないだろう?」




 王宮の?すごい人なんだな。この人。




「ふっ。王宮はとうに辞めたよ。今はアウグスト伯爵にお仕えしている」




「アウグストに?じゃあ、今日はそっちの用事かい?」




「ああ、そうそう。用事があるのは、君にだけじゃないんだ。ヴォルクスという人も……」




「ローレンツ殿。早すぎます。私が面通しすると申し上げたじゃないですか……」




 ん?この声は、オスカーさんかな?ってか、今俺の名前言わなかった?ばあちゃんと俺が顔を見合わせる。




「ああ、申し訳ない。オスカー殿」




「ああ、ヴォルクス様、エリーゼ様。先日ぶりです」




「え……?ヴォルクス様……?この坊主が?」




 ローレンツさんは目が点になってる。




「お伝えしたじゃないですか。ヴォルクス様はエリーゼ様のお孫さんだと」




「い、いや。しかし……。いや。失礼した。ヴォルクス殿。儂はカレンベルク家にて兵法指南役を務めるローレンツだ。我が主、アウグスト・カレンベルク伯爵がそなたとエリーゼを魔法陣鎧開発の功績をたたえて屋敷での夕食にご招待したいと仰せだ。その日程の調整等をしたくお邪魔させていただいたわけだが……いかがかな?」




 え……?は……?伯爵家の夕食に招待?何言っちゃってんのこの人は。

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