第13話

 会場に入ると既に何人もの商会の担当者らしき人たちが集まっていた。


 まだ、予定の開始時間まで1時間ぐらいあるのに、みんな早いなぁ。




「あぁ、エリーゼ様。本日は、新商品のお披露目と伺って、楽しみにしておりました。クラウド商会のマックスと申します。よろしくお願い申し上げます」




「はい。よろしく。クラウド商会でいらしてるのはマックスさんだけかい?クラウドさんはいらっしゃってないんだね」




「ええ。本日、クラウドは外せない商談がございまして、私にここを一任してそちらの方へ……。しかし、私ではご不満でしょうか」




「いや。誰が担当だろうと私は公平に商品を判断して買い取ってくれればそれでいいから気にしないよ。クラウドさんとはしばらくお会いしてないから気になっただけさ」




 マックスさんか。前世の俺と同年代ってところかな?若いけど優秀なんだろうな。きっと。




「あぁ、エリーゼ様、ヴィンセント様、シャロン様、ご無沙汰いたしております。」




 また、ばあちゃんに気づいて話しかけに来る人がいるな。これ、全然進めないんじゃないか。




「あぁ、ブルーノ商会は副商会長さんがいらしてくれたんだね。ありがとうよ」




 この人は副商会長らしい。さっきのマックスさんよりは少し年上らしき女性だ。




「あれ。そちらのお子さんはヴィンセント様とシャロン様のご子息ですか?今日は、ご家族のお仕事の見学かな?」




「おお、これはこれは。お名前はなんというのかな?」




 マックスさんとブルーノ商会の副商会長という人が俺に気づいて話しかけてくる。そりゃ、俺みたいな子どもがいたら、見学だと思うよなぁ。




「いや、この子は……」




「ご無沙汰しております。エリーゼ様。そして、初めまして、ですよね。ヴォルクス様。私、オスカー商会にて商会長を務めております、オスカーと申します。よろしくお願いいたします」




 ばあちゃんの声を遮るように、40代前半ぐらいに見える紳士が話しかけてきた。


 俺のほうを見て、しっかり名前を呼んでくれた。


 ……なんで?




「おや、オスカー。商会長自らお出ましとは。あんたのところは人手不足なのかい?」




 ばあちゃんが笑ってそういう。目元がめちゃくちゃ楽しんでる時の感じだぞ。




「ははは。新しい若き研究者の初陣とあっては、私自ら足を運んで拝見しないと話にならないでしょう。そうですよね。ヴォルクス様」




 そう、オスカーさんが俺に話しかけているのを見て、さっき俺に話しかけてきた二人が固まってる。二人で、「確か、ヴォルクスって今日の……」「そういえば開発者として名前が……」とか話し合ってるのが聞こえる。




「あ、は、はい。よろしくお願いいたします。オスカーさん」




「大変失礼いたしました。ヴォルクス様。ブルーノ商会の副商会長クララと申します。以後、よろしくお願い申し上げます」




「あ、はい。ご丁寧にどうもありがとうございます」




 いきなり、低姿勢になられるとこっちがびっくりするよ。




「しかし、クラウド商会さんもブルーノ商会さんも情報収集が足りませんね。今回の商品は開発者の名前も既に判明していたわけですから、その人物のことぐらい把握しておいてしかるべきでしょう?」




 オスカーさんが微笑みながらそんなことを言っている。いや……そこまで把握しているべき……かなぁ……?




「まぁまぁ。そういう小競り合いは私たちのいないところでやりなよ。私たちはそろそろ準備に行っていいかな?」




 ばあちゃんが、やり取りを終わらせる言葉を言ってくれたおかげで、その場はお開きとなった。いやー助かった。正直、空気がピリピリし始めててどうしたらいいかわからなかったんだよな。




「ああ、申し訳ありませんでした。それでは、本日の商品、楽しみにしております」




 オスカーさんがそう言ってお辞儀をする。いやー、なかなかすごい人だね……。






 さて、気を取り直して準備をしなきゃ。といっても、俺は今日細かい説明を担当するだけだからね。デモンストレーションにゴーレムを使うけど、それはばあちゃんが召喚してくれることになってる。


 デモンストレーションの最中に魔力切れなんてことにならないように念には念を入れるってわけ。だから、俺は今日の説明内容の最終確認ぐらいだね。


 その他の準備は全部父さんたちがやってくれる。




「オスカーは面白い奴だっただろ?」




 ばあちゃんが笑ってる。




「そう?私はオスカーさん苦手です。情報収集が得意なのはわかるけど、何でも知られている感じがしてちょっと怖い」




「いや、オスカーは商売に関係ない情報まで集めようとはしないだろ。あれは別にそういう趣味なわけじゃなくて優秀ってだけだろ。カレンベルク伯爵にずっとお世話になってるのだった彼の功績によるものが大きいし、感謝しなきゃだよ」




 父さんと母さんはそれぞれの見解があるみたい。うーん……俺は……。




「俺はまだわかんないや。会ったことのない人に自分のこと知られてるのは驚いたけど、商売人として考えたら、すごい人なんだと思うし」




「あいつは、一代でオスカー商会を作り上げた切れ者だよ。基本的にうちの商品はアイツのところに卸して、そこからアウグストのところに運んでもらってるんだ」




 ああ、カレンベルク家御用達の商会ってことか。ってか、ばあちゃん領主様のことも呼び捨てなのか……。俺でも、この人の立場とかよくわからなくなるよな……。




「さて。とりあえず準備はできたかね。シャロン。商会の集まりはどんな感じだい?」




「声をかけたところはもう全部集まってるみたいです」




「じゃあ、少し早いけど始めようか。ヴォルクス。覚悟はできてるかい?」




 覚悟って……。まぁ、大丈夫。準備はできてるし、いけるだろう。




「うん。大丈夫だよ」








「お集りの皆様。それでは、新商品の商会を始めさせていただきます」




 母さんが拡声器を使って司会進行を行う。この、拡声器もうちの製品だ。


 風の魔法を使って、部屋全体に同じだけの音量で声を届けることができる。




「本日ご紹介させていただくのは、新しく開発した鎧です。それでは、開発を担当いたしましたヴォルクスより詳しいご説明をさせていただきます」




 そう言って母さんが俺に拡声器を渡してくれる。やべぇ、緊張してきた。




「ご紹介にあずかりました。ヴォルクスです。この度我が工房が開発いたしました商品は、こちら。魔法陣鎧です」




 そう言った俺に合わせて、父さんが立ち上がる。今日は、デモンストレーション用に父さんが鎧を着てくれている。




「魔法陣だってよ…」「魔法陣って魔法弱者の……?」「魔法陣なんかの製品が貴族に売れるのか……?」




 そんな会話が聞こえてくる。まぁ、予想通りだ。魔法陣術が低く見られているのは知ってる。それに、貴族だからね。世間体を考えると魔法陣術が使われている道具ってのはまずいんだろう。けど、そのイメージ、デモンストレーションで変えてやるよ!




「魔法陣鎧は、その名の通り、魔法陣術の使われている鎧です。素材に硬化特化の陣を使用することにより、魔力を込めると本来の素材よりも硬くなるようにしてあります。細かい機構についてはお手元の資料をご覧ください」




 何人かが懐疑的な目で、何人かは興味深そうに資料を見てくれる。ただ、数人は資料に目すら落としてくれない。あきれたようにこちらを見ている。期待外れだって感じだろうね。「魔法陣術なんて子どものままごとかよ」なんて発言も聞こえてくる。


 はぁ。残念だな。こんな感じだから今まで研究も進んでないんだろうな……。




「実際の使用効果については、見てもらった方が早いでしょう。ただいまより、デモンストレーションを行います」




 そう俺が言うと、ばあちゃんがゴーレムを召喚してくれた。それから父さんが前に出る。


 父さんが魔力を鎧に込めるのが伝わってくる。いくつかの商会の人がそれに反応しているから、魔力が感じ取れる人もいるみたいだ。




「こちらに召喚したのはゴーレム人型γがんまタイプです。このγタイプは、木製の机ぐらいは破壊することができる力を持っていまして……」




 そう言うと、ゴーレムは持ってきた簡単なつくりの机を破壊する。とりあえず、ゴーレムの力を知ってもらわないとね。とはいっても、貴族向け商会の人でゴーレムを知らない人なんていないみたいだから、本当に単なるパフォーマンスだ。




「さて、このゴーレムに鎧部分を攻撃してもらいましょう」




 ばあちゃんがゴーレムを操って、鎧を身につけた父さんのことを殴る!


 その攻撃が当たると、ゴーレムの体が砕けて土でできた体が飛び散っていく。




「あ……」




 やっちまった……。最前列で見ていてくれた商会の担当者何人かに飛び散った土の塊がかかってしまってる。後で服を回収して洗濯だな……。




「すばらしい!」




 その土がかかってしまったうちの一人、オスカーが拍手をして立ち上がってくる。


 え……?怒ってないの?




「ゴーレム人型γがんまタイプと言えば、かなり硬い体をしているのが知られています。その体が砕けるほどの硬さを持った鎧!また、素晴らしい商品を開発しましたね。ヴォルクス様」




 その言葉に続いていくつかの商会が反応する。複数人で来ていた商会の人なんかはその場でなにやら相談をしているようにも見える。




 ん?よくわかんないけど、うまくいった……のかな?




「よくやったね。ヴォルクス。後は任せな」




 いつの間にか隣に立ってたばあちゃんがそう声をかけてくる。




「ただいまより商談に入らせていただきます。話のまとまった商会の方からご相談いたしますので、私かこちらのシャロン、ヴィンセントのいずれかに声をかけてください。あぁ、開発担当のヴォルクスはまだ商談には不向きなので、声をかけることがないようにお願いします。安い値で買いたたかれてはたまりませんから」




 ばあちゃんの言葉で会場に笑い声が響く。


 うん。ちょっと失敗もあったように思うけど、デモンストレーション自体は成功したみたいだ。よかった……。

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