橘千花

茶色の革の椅子、昔ながらのランプ、窓の外には金木犀の木。そしてなんといっても店全体にひろがるコーヒーの香り。中学生の頃に毎回緊張しながら入っていた職員室を思い出す。私が1番好きな、落ち着く空間。

ここでブレンドコーヒーを飲んでから仕事に行くのが私の日課であり、唯一の癒しである。昨日表紙買いした本を読み終え、コーヒーの最後の1滴まで飲み干し仕事場へ歩いて向かう。

仕事場へ行きながら私はふと思った。牧草は牛に食べられる。その牛を人間が食べる。じゃあその人間は?いうなれば、人間は生態系のピラミッドの頂点だ。植物、草食動物、肉食動物なんでも食べてしまう。だが、もしかしたら私たちがいる宇宙は何かしらによって人工的に(もはや『人』工といってもいいのかわからないが)作られたものなのかもしれない。その何かしらにとって私たちは、布団にいる目に見えないダニや腐ったパンのカビみたいなもんなのかもしれない。そう、私たちがいつも目にしている月や太陽だって彼らにとってはそこらへんのゴミなのかもしれない。もしくは、ここはある本の中の世界で私はその本の主人公なのかもしれない。いや、それはないな。現実的じゃない。でも宇宙に関しては、絶対にないとも言いきれないと思う。宇宙はまだ完全に解明されていないからだ。こんなことを考えるのはおかしいのだろうか。なぜこんなことを妄想してしまうのか、それは間違いなくついさっき読んだ本のせいだ。さっきの本にそんなことが長々と書いてあった。大したオチもなかったしあまりおもしろくはなかったが、何だか不思議な感覚になった。私たち人間より大きな存在がいるかもしれない、まして、この晴れた青い空さえ誰かによって作られたものだとしたら…考えても考えてもきりがない。妄想を広げているうちに職場についてしまった。癖というのはこわいものだ。こんなに考え事をしていても勝手に足がいつもの道を1歩1歩歩いて、最終的に目的地に着いてしまう。


さあ、今日もこの誰かが操っているかもしれない世界の中で生きていこうじゃないか。



最後の1文を読み、私は栞を1番後ろのページにはさんでカバンの中に入れた。会計を済ませ、ドアを開ける。カランカラーンという音とマスターのありがとうございましたの声、ほのかにかおる金木犀の匂い。

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橘千花 @omaedasan

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