意気地なし

 ボクと三原さんが付き合いだして一ヶ月が過ぎた頃だった。


「やめて欲しいです」


 三原さんが上目遣いにそうお願いしてきたことは、


「あの人と話をするの」


 ボクと吉岡との関係だった。


「あの人、ちょっと距離が近くて」


 ボクに彼女ができても、ボクと吉岡の友人関係は変わらなくて、吉岡も気さくに「彼女とはどう?」と訊いてきたり、ボクもボクで初めてできた彼女との付き合い方で女子の意見を聞こうと何度か相談したりしていた。むしろ三原さんのことで話す機会が増えたくらいだった。


「見ててわたし……傷つきます」


 三原さんはボクの服の裾をつまんで、伏し目がちにそう懇願するのだった。

 その頃からだ。吉岡がクラスで浮くようになったのは。


「吉岡さん、彼女持ちに手を出すなんて大胆よね」

「いくら仲が良いからってさ。横から取られて悔しくなったんじゃない?」

「でも彼もひどいよね。彼女がいるのに別の女子と楽しげに話したりしちゃってさ」


 ある日、そんな女子同士の陰口が教室の端から聴こえてきて、そこでボクは吉岡がボク以外の誰かと会話しているところを見なくなっていたことに気づいたのだ。


「あんまり話すの、やめようぜ?」


 放課後の校舎裏。ボクは吉岡を呼び出して、そのときそう切り出した。


「ほらさ、その……男と、女だし」


 ボクは色々と言い並べた。クラスの陰口のこと、三原さんが嫌がっていること、そしてボクが男で、吉岡が女であること。

 冬の、夕暮れの迫る寒い校舎裏で、吉岡はコートの合わせを両手で寄せながら、そんなボクの話をずっと黙って聞いていた。

 やがて並べる言葉がなくなって黙ってしまったボクに、彼女はマフラーに隠れた口もとをかすかに動かして、小さくうなずいたのだった。


「……そうだね」


 そして寂しく笑い、


「男と、女だ」


 そう言った彼女の姿が、ボクの胸に痛く焼き付いたのだ。


「吉岡と話してきたよ」


 そう三原さんに報告して、腕を彼女に抱きつかれながら、ボクの胸は罪悪感でいっぱいだった。

 ボクは卑怯だった。まわりがどう思うかの話ばかりをして、自分がどう思っているかは一言も言わなかった。吉岡を傷つけて、これでもう元の関係には戻れないのに、罪悪感なんてひどく都合のいい感情で、自分で自分が嫌いになった。ボクは卑怯で最低だった。

 結局この罪悪感が原因で、その後は三原さんとうまくいかず、彼女から振られてしまうのが新型ウィルスで学校が休校になる直前だった。そして休校になって吉岡とも顔を合わせる機会を失った。

 たとえ休校でも、外出禁止で人との接触を避けるよう言われていても、吉岡と連絡を取ろうと思えばできた。でも、今さらどんな態度で話せばいいのかボクにはわからなかった。だから学校が再開して、吉岡がボクの机に手紙を差し入れるこの日まで、ボクは何も、謝ることすらできずにいて――。

 ボクは卑怯で最低だった。

 そして勇気のない意気地なしだった。

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