第3話 僕の持論
僕は釣り竿一式とエサをリュックに入れ車に乗り込んだ。エサは冷蔵庫に入れてあったサシといううじ虫だ。初めてサシを見た時は凄く気持ち悪いと思ったが、今は慣れた。
今度グループホームの利用者のおじいちゃん、おばあちゃんを砂浜のある海に連れて来たいなぁ。もちろん、施設長の許可は必要になるが。
冬になると全く外に出なくなるので、春から秋にかけてはなるべく外の空気に触れさせてあげたい。老い先短い人生だから楽しみながら、かつ健康的に過ごしてもらいたい。これが僕の利用者に対する強い思いだ。
これは持論なのだが、僕が思うに今は高齢化の時代だから介護という仕事は真面目にさえやっていればクビにならない限り食いっぱぐれはしないと思う。でも、現実は凄く厳しい世界であるし、給料も安い。なので、長続きさせるには相当な忍耐力と、一番に大事なのは老人が好きであること、だと思う。
車を運転して十五分くらい走らせて隣町の築港についた。春だとはいえ、ここは北海道だからまだ寒い。上島はどこにいるのか。周りを見渡すと小さい港だからすぐに見付けることができた。沖に突き出た釣り場の上にいた。以前にも来ているので車を停める場所もわかる。数人、釣り人がいる。
僕は助手席に置いてあったリュックを背負い、上島のいる所まで歩いた。「上島―!」と叫んだ。すると、その声に気付いた彼はこちらを向いた。明るい笑顔を浮かべながら右手に手竿を持ち、左手で手を振っている。今日はチカ釣りをするつもりで来た。
数分歩いて彼の元に来て話し掛けた。
「釣れてるか?」
「まずまずだな!」
言いながらビニール袋をこちらによこした。魚が入っているようだ。中を見るとチカのサイズが割と大きい。時期的なものだろう。僕も釣りをする準備を始めた。背負ったリュックを下ろしコンクリートの地面に置いた。リュックの口からはみ出ている縮めた手竿をだし、伸ばした。その手竿は一・五メートルある。短いほうだ。次にリュックの中からチカ用の仕掛けも取り出した。袋に入った仕掛けを外に出し、絡まないように慎重に巻いてある仕掛けをほどいた。十個くらい小さい針が付いていてそれを手竿の先端に付ける。エサを袋から適当に出して一個ずつ付けていく。サシに針を刺す度に体液が手でくる。そんなことはもう気にならなくなった。そして海に沈めた。釣れるといいな、そう思いながら地面に胡座をかいた。
「何匹くらい釣った?」
と、訊くと、
「十匹くらいだな」
そう答えた。
「そうか、いつ来た?」
「一時間くらい前だな」
「おっ! それで十匹は好調だな」
「まあ、そうだな」
二人で笑った。こんな時ばかりはいかつい顔の上島も柔和な表情に変わる。
手竿はまだ引いてる気配はない。でも、上島が釣れているみたいだから釣れる可能性は
ある。気長に待とう。
僕は彼に質問をした。
「子どもとは会っているのか?」
そう言うと急に彼の表情が曇った。まずかったかな。
「会えてない。もうその話はしないでくれ」
「わかった。すまん」
確かにデリケートな話だ。訊いた僕が悪かった。
二人の間に沈黙が訪れてしまった。チラッと上島の顔を盗み見ると、表情が
暗くなっていた。一体、何があったというのだ。気になる。でも、もうその話しは出来ない。相手から言われるまでは。どうやら上島のことを傷つけてしまったようだ。訊かなきゃよかった。失敗した。
それにしても上島はこんなにナイーブだっただろうか。あんまり傷ついているところは見たことないけれど。子どもに愛情があるから僕の一言で傷ついたということだろうか。その時だ、手竿が引いている。それも強く。「山下! 引き上げろ!」と上島は言った。よし!と、僕は手竿を引き上げた。すると、四匹同時に釣れた。だからこんなにも引きが強かったのか。
これは今夜のご飯のおかずにしよう。フライにして。焼いてもいいかもしれない。楽しみだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます