019. 夢の中

 カイトが押し飛ばされるとき背中に誰かの手の感触を感じていた。

 その瞬間、少し宙を浮くような姿勢で落ち階段に身体を打ちつけながら四・五段転がるようにして落ちていった。

 誰もカイトが階段から落ちる瞬間を見ていなかった。

 カイトが倒れた場所は教員室の前にある階段だった。教員室の廊下ということもあり生徒たちが集まってきた。

 生徒たちが集まってきたところにリアムとディーデリヒが生徒会の用事で通りかかった。生徒たちの人垣をかき分けリアムが前に進み出た。

「いったい何事だ?どうしたというんだ!」

「ア…!」

 リアムの後を付いてきたディーデリヒは名前を呼ぼうとした瞬間にリアムはディーデリヒの肩を掴んで首を横に振った。

「彼を救護室に…、ディーン頼む。彼の近くにいた生徒は何か見ていないか?」

 しかし誰も答えなかった。リアムは一人一人周りを囲む生徒たちを覗くように見ていた。

 野次馬だった生徒たちは外側に円を作っていた生徒から少しずつその場から離れその中に混じるようにヴァルターも見つからないように離れた。


 ヴァルターはニヤニヤしながら教室へ戻った。

 いつものヴァルターならばどこにいても不機嫌な顔しかしていなかったから彼が笑っていることにものすごく不気味に思ったSクラスの生徒たちだった。

 そしてこの日からSクラスの教室にカイト・ブルー・クラインが戻ってくることは数日間なかった。


 教員室の前で少し騒ぎになったが、誰もその場面を見ていなかったためと倒れたカイトの周りから離れるにしたがって何があったのかさえその場ではわからなかったことに加えさらにすぐ授業が開始されたことにより無駄なおしゃべりをする暇がなかったから生徒たちが寮の部屋に戻るまでそのことが話題になることはなかった。

 そのおかげかディーデリヒは救護室ではなく直接寮の部屋にカイトを運んだ。

 学園医を部屋に呼び診察と処置をさせた。

 学園医が診察をするとき、カイトの服を脱がすとそこには無数の青アザがあった。

 ディーデリヒは青アザがあるのは王宮に居る時見ていたがかなり時間が経っているのに真新しいアザがあることに不審に思い、学園医に念入りにカイトの身体を調べるようにお願いした。

 学園医はベッドで眠るカイトの背中を見た。

 カイトの背中にはくっきりと誰かの手形がついていた。

 それを見た途端にディーデリヒは怒りで忌々しげな顔をしていた。

 そこにリアムが部屋に入ってきた。

「ディーン…大丈夫か?」

 五歳になった年に王宮で知り合って、学園に入学してからもずっと仲良くしていたディーデリヒが怒りを露わにしていたことにリアムは驚いた。

「ん?…何が」

「君との付き合いは長いがそんな顔をしているのを見たのは初めてだ」

「あぁ…それはこれの所為せいだ。リアム、君は事情を知る私が信頼している人間の一人だから」

 ディーデリヒはカイトの背中に残された手形とあちこちに新しくできたと思われた青アザをリアムに見せた。

「こ、これは…?!」

 顔をしかめながらリアムは見せられたカイトの身体とディーデリヒの顔を見ながら呟いた。

「どうやらアル…カイトが階段下に倒れていたのは誰かに押されて転がり落ちたようだ。それにこの青アザは王宮に居たときにつくったアザではなく最近どこかでさらにぶつけた傷だ」

「もっと早く側につけるべきだったな…」

「あぁ、“初等教育課程”のSクラスにはリアムの妹がいたな…確か…名前が…ミーア…」

「ミシュアだ。ミシュアは少し知っているかもな…」

「君たち兄妹を巻き込んですまない。彼女に頼めるか?」

「承知した。…それと…Sクラスの事情…ミシュアに話を聞くかい、ディーン?」

「そう、だな…“初等教育課程”の詳しいこと判らないし…すぐに聞けるかな?」

「それじゃ談話室へ」

「わかった」

 ディーデリヒとリアムはカイトの眠る姿を見ながら部屋を出た。


 しーんと静まり返った部屋のベッドに眠るカイト。

 眠っているだけのカイトの顔が苦痛にゆがんだ。




「ウフフ…フフ…アル様、ウフフフフフフフフ…」

 どこからともなく響き渡る知らない女性の声だった。カイトはふと疑問に思った。

 ―何故目が見えている?俺には見えないはず…―

 カイトの腕に絡まるようにじっとりとしたモノがあった。それはショッキングピンクのような派手な色をした煙のようなもやのようなモノだった。

 絡みつくモノを引きはがそうとするが掴むことはできなかった。

 カイトは瞬間的にここは夢の中だということがわかった。


 腕に絡んでいた煙のような靄のようなモノは意思のある物のようにカイトの身体にさらにまとわりついた。

 もがけばもがく程にカイトに絡みついた。

「やっぱりぃ~、私のアル様…アル様ぁ~私だけのものよぉ~。絶対に離れなぁ~い」

「誰だ?!お前なんか知らない!それに俺はカイトだ!」

 いくら叫んでもその言葉には答えなかった。

「アル様~ぁ、私のアルフェリス様…」

 執拗にまとわりつくショッキングピンク色をした煙のようなもやのようなモノはさらにきつく絡みついた。

「くっ…!?」

 声を出し身体をよじりながら抵抗するがさらに締め付けてくる。

「ウフフ…ウフフ…アル様ぁ~」

 何度もじっとりとした煙のような靄のようなモノは感情みたいなものがカイトの心の中まで侵入してきたような気分にとらわれた。もうこんな感情を身体に感じたくないと思いっきり拒否した瞬間に抑えられていた魔力が一気に放出された。今まで稀にしか反応していなかった瞳の色が魔力を抑えていたかのように緋色から金色に変わった。もはやカイトの意志では魔力の流れを止めることはできなかった。

 夢の中に居るにも関わらず、王宮魔導士の十倍はある魔力量が一気に流れ出たために瞳の色まで影響が出てしまったようだ。

 カイトは夢の中に居るはずなのに…と思いながら頭痛や耳鳴り、眩暈めまい、吐き気の症状に困惑しながら気絶した。

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せめて日常は穏やかに暮らしたい…。 おーろら @pukurora-x

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