018. 嫌がらせ

 カイトが教室の中に入ってくるのをヴァルターは見ていた。

 ちょうどヴァルターの座っている席の横を通りカイトは一番後ろの席に向かっていた。

 ヴァルターは歩いてくるカイトの前に見ていないフリをしながら足を出した。普通であれば避けられるくらいのタイミングだったはずだ。


 ガタッガタッーン


 見えていないカイトはその足に引っ掛かり机にぶつかりながら倒れてしまった。

 突然の音に前の方に座っていた生徒たちは皆振り向いた。

 カイトは机のどこかにぶつけたのか唇が切れて血が滲んでいた。近くにいた女子生徒が驚いて声を上げた。

「きゃっ!」

 ガタガタッと椅子から立ち上がり少し離れた。

 他の女子生徒たちも離れた位置から怯えるように見ていた。

「大丈夫ですか?」

 声をかけてきた女子生徒がいた。その女子生徒がカイトの目の前で手を差し出していたがカイトには見えなかった。そのままの状態で顔だけ前を見ていたがその女子生徒の手を取ることはなかった。

 ハッとした他の女子生徒たちも慌ててカイトの方へ近づき声をかけてきた。

「カイト様、私が付き添いますから救護室へ行きましょう」

「私はこのクラスの学級委員ですから私が付き添います!」

「それでしたら私が保健委員です!私が一緒に行きます」

 どうやらカイトを連れて救護室まで案内しながら自分のことをアピールしようという魂胆だった。

「俺のことはほっといてくれ!」

「でも…怪我しているではないですか」

「だから?」

 冷たく睨みつけた。誰にも心を許さないかのように見えるカイトはとげだらけだった。でもそれが目の見えていない自分に対する自己防衛なのかもしれないものだった。


 ヴァルターの陰湿な嫌がらせは何度も続いた。その中でも繰り返し行っていたのは『面白いほどに引っ掛かるから』と『誰にも見られず足を出すだけですぐに引っかかるから』とヴァルターは自分の席の横を通る度にカイトの足を引っ掛けていた。

 けれどカイトは何度も仕掛けてくるヴァルターに怒りもせず仕返しをしようでもなかった。ただカイトは無視だけを続けた。

 カイトが無視をしていたりするとヴァルターはよけにカイトに絡んでいった。

 カイトはどんなにヴァルターに足を掛けられて転ばされようと何事もなかったような顔をしていた。

 何度も平気な顔をして自分の席に戻るカイトのことが段々と憎らしく思えてきた。

 他の方法でもカイトの苦痛にゆがむ顔が見たかったヴァルターはもっと他にいいいじめ方ないか考えていた。

 ずっと同じことの繰り返しで飽きてきたので今度はしばらくの間ヴァルターはカイトの後ろをついて歩くことにした。

 カイトは【気配探知】で何かがすぐ側に必ずいることはわかっていたが、気にしていなかった。誰もが見ているようで見ていない隙に足を掛けてくる程度で教師の中のみの嫌がらせだったのでカイトもそれほど気にすることはなかった。

 さらには机に教科書や筆記用具を置いていれば机に手を引っ掛けて床に落とすなんてこともあった。ただカイトにしてみればどこに落ちたのかがわからないから拾うこともできずにそのままになり、周りに座っている生徒たちの方が気になって拾ってくるというサイクルになったため結局ヴァルターには未だカイトの目が見えていないという事実に気づけないという…何というかマヌケな話だった。

 ヴァルターは周りの生徒が拾ってくれるという行為すら単なるカイトへのゴマスリに見えていたため余計腹立たしくも思っていた。反応を全く示さないカイトを見るたび苛立ちもさらに大きく抑えきれなくなっていた。

 そんな苛立ちを抑えるかのようにカイトの弱点を見つけようと躍起になって跡をつけていた。


 ヴァルターにしてみればそれは珍しくも根気よくカイトの後を付け回した。なかなか弱点を見つけることができずにいたが、他にカイトに嫌がらせをする方法が見つからなかったからだ。

 偶々たまたまカイトが階段前の廊下を歩いていた時、周りには誰もいなかった。


 ドサッ!


 何かが倒れる音がした。

 音がして初めて気づいた生徒たちは何が起きたのかわかっていなかったが人が倒れていること自体が不思議でカイトの周りに集まってきた。

 ちょうどカイトが倒れた場所は教員室の前にある階段だった。

 ヴァルターはカイトを後ろから背中を突き飛ばすと倒れたカイトを囲む生徒たちにまぎれてニヤリと笑った。

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