016. ヴァルター・ノルディックの観察

「何を騒いでいる?次の授業は始まっているんだ。他のクラスの生徒たちもさっさと教室へ戻れ!」

 Sクラスの前にやってきた教師によって蜘蛛くもの子を散らすように教室の前にいた生徒たちはそれぞれの教室へと戻っていった。

 殴り飛ばされたカイトは周りの状態がどうなっているのか判らなかったため、王宮の部屋にいたときと同じように自分の周りにあるものを確かめながら手探りであちこち触っていた。Sクラスの生徒たちはヴァルター・ノルディックが殴った所為せいで並んでいた机やいすが倒れていたのを慌てて元に戻していた。

 その中でヴァルターだけがカイトの仕草を見ていた。その仕草が少し不自然で違和感があったが他の生徒たちは気にしなかったこともあり、ヴァルターも何がおかしいのか気に留めなかった。そもそもこんな中途半端な時期に編入してくるのは他国の留学生だけなのだからおかしいのだ。ヴァルターは久しぶりにクラスに入ってきた少し青白い顔をした女みたいなやつが気になり虐めたくなった。何かあいつに弱点はないだろうかと探り始めたがヴァルターは気が短く根気のいることや忍耐が必要なことに関しては全くやる気がなかった。

 ヴァルターは観察すると思いながらカイトを見ていたが、授業中で教師の話もちょうどいい眠気を誘うものだったため内容が頭に入ってきてはいなかった。

 何とか目を開けてカイトを睨みつけていたヴァルターは頭の回転も鈍っていたためカイトがノートもとらず教科書も開かずただ教師のいる方向へと顔を向け聞いていることがどれほど異質なのかさえも理解していなかった。

 ヴァルターはどちらかと言えば頭脳より肉体による体力と貴族の〈見栄〉と〈権力〉によってSクラスを獲得した典型的な貴族のダメ子息の見本だった。

 けれど誰もヴァルターの怖さにクラスの中では文句は言えなかった。今までにクラスの中でヴァルターに虐められていたことがない生徒は殆どいない。つい最近まで虐められていた平民の生徒でさえこれ以上自分が標的にされずに済むのではないかという安堵感もあった。

 それぞれの思惑で静かに授業は進んでいった。


 結局この日、ヴァルターは大人しく観察することはできずに終了した。それがまたヴァルターを苛立たせ、熱くした。

「くそっ!なんでアイツの弱点がわからないんだ?!絶対にあるはずだ…。こうなりゃやけくそだ、適当なことから始めてアイツを虐めてやろうか」

 ヴァルターの頭の中はそんなことや、好きな女の子のことばかりを考えていた。





 ヴァルターは授業の終了とともに寮の部屋へと戻ってきた。ヴァルターも“初等教育課程”の三年生だから他のクラスの男子生徒と共に相部屋である。が、まるで一人で使用しているかのように振舞っていた。

 同室の他の生徒たちもいい迷惑だが残り約六か月でやっと自由の部屋が手に入ると思うと少しほっとしていた。あとは【触らぬ神に祟りなし】でその部屋の生徒たちを哀れに思った同級生たちが他の部屋で就寝時間までいさせてくれることが多かった。それもあってヴァルターは一人で部屋の中で暴れていた。

 結局暴れても、お腹はすくし考えはいつまでもまとまらないで終わってしまうヴァルターであった。

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