011. 何かが違う…

「アル!アル…しっかりしてくれ…」

 ディーデリヒは崩れ倒れたアルフェリスを抱き、ベッドへ寝かせた。


 ―アルフェリスに何が起きたのか全く分からない…。そもそもアルフェリスが怪我をして目が見えなくなったことは私が視ていた未来とは違う…どこかで何が違ってしまったんだ…?今はこれ以上考えても何もわからないな…―

 ディーデリヒは考え込むのをやめた。






 アルフェリスは高熱を出し暫くの間下がらなかった。時折、熱にうなされて抑えきれない痛みに耐えているかのようだった。


 アルフェリスが高熱で魘されて眠っている間に学園では新入生の入学式が行われていた。学園の講堂では“初等教育課程”の新一年生が前の方の席に座り、“専門教育課程”の新一年生の列はその後ろに座っていた。

 ただ一つ…アルフェリスが座るはずだった席だけがポッカリ空いた穴のように主を失くした椅子が置かれていた。

 入学式を終了するとそれぞれの教室へと移動した。

“専門教育課程”の騎士科・一年生の教室ではいるはずの人物〔アルフェリス・ローゼン・エバーグリーン〕がいないのは何故?と噂になった。

「なぁ、アルフェリス殿下って確か…騎士科に進学だったはずだよな?」

「うんうん、それ僕も不思議だったんだ…公務じゃないのか?」

「それだったら何か知らせが来るはずよ…でも姿も見せないんじゃどこかに視察行って戻ってこれないのかもよ…」

 生徒たちの間では情報がない分、大袈裟な話になりそれがどんどん他の学年・他の学科へと広がって“初等教育課程”にも広がった。




 アルフェリスが再び意識を取り戻したのは倒れてから七日後のことだった。

 目を覚ました時にはアルフェリスのサラサラした亜麻色の髪は白髪とも言えるような透き通った銀色の髪の毛に変わってしまった。瞳の色も母である王妃と同じ緋色の瞳だったのだが金色になっていた。ただ時折瞳の色は緋色に戻ることもあり金色になるのは何故か解らない状態であった。

 目が覚めてからのアルフェリスは頻繁に頭痛がして起きていられない程の耳鳴りや眩暈めまいがあり、さらにひどい時は吐き気まで襲ってきていた。

 アルフェリスはその状態が長く続き何度も顔を見に来るディーデリヒとレオンハルトに嫌気いやけが差しディーデリヒやレオンハルトが話す言葉を聞いてはいるがアルフェリスから何か話すことは殆どなくなっていた。表情にも頭痛や眩暈めまいで顔をゆがしかめた顔をしている時だけだった。なかなか治らず改善すら見られない症状にアルフェリスは苛立ちを感じ焦燥感が抑えられなかった。


 いつも王宮の中は騒がしいため部屋の中に居ても窓を開けていれば庭からの貴族たちの笑い声や騎士団の訓練などの掛け声も剣のぶつかり合う音も微かに聞こえていた。夜になると王家主催の夜会などがなければ静かなものだった。アルフェリスは目が見えていなかったが、窓に挿す光の温かさを肌で感じ昼なのか夜なのかを感じていた。幸い、王都・ノーザンスカイは殆ど雨が降らず青空が広がる地域だからわかることだった。

 しかし、この日は珍しくしとしと雨が降り緑色の葉も濡れて潤っていた。肌を刺すような日差しではなくしっとりとした感触になんとなく気持ちの良い感触を思ったアルフェリスは庭で佇んでいた。

 雨に濡れながらただ一点を見つめ立っていた。

 時折、頬に緋色の瞳から流れる涙のように流れていた。実際アルフェリスは涙を流していたのかもしれない。けれどそれは本当にアルフェリスの涙なのか降ってくる雨なのか誰にも判らなかった。


 コンコンコン


 外の庭で雨を受けて濡れていたアルフェリスは扉を叩かれたことに気づかなかった。

 扉を叩いても反応をしてくれないアルフェリスだったがディーデリヒは部屋の中の違和感を覚え不思議に思い部屋の扉を開けた。

 いつものようにベッドで眠っているのだろうと思っていたディーデリヒはアルフェリスの姿がないことに心配になった。

「どこへ行ったんだ…?」

 ディーデリヒは部屋の中を見回すと窓が開いてカーテンが風にユラユラ揺れていること気づき慌てて庭に出た。

 アルフェリスは雨に濡れながら空を見つめていた。

 アルフェリスを心配したあまり、目が見えていないことを忘れたディーデリヒはアルフェリスの背後からいきなり肩を掴んだ。

「ひっ?!」

 何が自分の肩を掴んだのかわからなかったアルフェリスは恐ろしい物でも見たかのように強張った顔で怯えた。

「驚かせてすまぬ…私だ、ディーデリヒだ」

 その言葉を聞いたアルフェリスは緊張を少し緩めた。

「何故、部屋から外に出た?また熱が出るぞ…」

 ディーデリヒはアルフェリスの手を引き部屋へと戻った。

 部屋に戻るとアルフェリスは膝を抱えて座り込んだ。俯いて膝を抱える姿をしていたかと思えば壁に背を預け、くうを見つめるように少し虚ろな目をしていた。

 あまりにも痛々し過ぎる姿にディーデリヒは眉間にしわを寄せた。このままの状態ではどんどん身体の機能も低下してしまうことに頭を悩ませた。

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