010. 暴走

 悲し気な瞳でアルフェリスは一点を見つめていた。ディーデリヒも何も言えずただアルフェリスを見ていた。

「アルフェリス……」

 ディーデリヒは少し後ろめたさを感じながらアルフェリスの名前を呟いた。

 ディーデリヒはそっとアルフェリスの肩を掴んだ。アルフェリスはそれが突然のことでビクッとさせ、少し怯えた表情をしたいた。

「すまん…驚かせるつもりはなかった…本当に見えていないことが信じられず何度も試すようなことをしていた」

「……」

 アルフェリスはベッドの上で膝をかかえ背中を丸めた。

「もう学園が始まる…騎士科への進学は…その状態では無理だ……別の道をゆっくり考えよう…現実をいきなり突きつけるのは悪かったと思う。だけどこの先に進むには方法がなかった…」

 切実な胸のうちを明かしたディーデリヒだったがやるせない気持ちでいっぱいだった。

「……それでも俺は言いたくなかった……」

 そう言いながらアルフェリスは顔をしかめていた。ズキリと頭に鈍い痛みが走る。

「アルフェリス…それでも私たちは王族だ…国を…国民をまもる責任がある…個人の考えだけで動くことはゆるされない」

 ディーデリヒの容赦ない言葉にアルフェリスは憎しみを込めた目つきになった。

「…そんなの…もともと俺はディーン兄様のスペアだろ?!兄様に何かあったら王位を継げる者がいなくなる…だから…だから俺が必要だった。けれどこうなったら俺なんて何の意味もない…ただの人形だ。いなければよかったんだ!」


 パッシーン


 静かだったアルフェリスの部屋の中で頬を叩く音が響いた。

 アルフェリスはディーデリヒに思いきり叩かれていた。次の瞬間アルフェリスは優しくディーデリヒの腕に包まれていた。

「それは違うぞ…アルフェリス。本当は…本当はお前だったんだ、アルフェリス」

「えっ?」

 アルフェリスは驚いてディーデリヒの顔を手で触っていた。

「本当はアルフェリスが王太子になるはずだったんだ。ただそのことはアルフェリスが学園を卒業したら成人の儀式と一緒に王太子になる公式発表をする予定であったんだ。それまでの間は私が公務を代行したり、表向きにはそう見せておくという話だったんだ」

 アルフェリスは動揺を隠しきれずにいた。

「どうして?兄様が王太子に…次の国王にじゃなかったの?」

 ディーデリヒはアルフェリスの顔を見つめて首を横に振った。

「いいや、王太子は私じゃないんだよ」

 ディーデリヒのオッドアイの瞳が寂しそうに輝いた。

「どうして私が王太子にならないのか…そんな理由はアルフェリスは知らなくていい…だから私の方がアルフェリスの代わりなだよ。これ以上『俺なんて』という言葉を使ってはならない。いいね?」

 小さな子供をあやすような穏やかな言葉でアルフェリスを包んだ。

「でも、それじゃぁ兄様は?」

「これはずっと前から決まっていたことなんだよ」

「そんなの…俺は納得しない!兄様が継ぐことが当然だろ?」

 ディーデリヒの言葉はアルフェリスの耳に届いてはいなかった。何度も同じ言葉を繰り返していた。

 アルフェリスはまたズキリと痛みだす頭に顔をゆがませながら呟いた。

「それじゃぁ俺はどうすればいい?こんなことになって騎士にもなれない…何もできないただの人形になるしかないのか…?」

 ディーデリヒにもアルフェリスのマイナスな思考に口を出せずに見ているしかなかった。

「もうこれ以上お荷物になりたくない…でも今の俺には何もできない…」

 そんなことばかりを呟いているアルフェリスの周りにもやのような白い煙が集まりだした。けれどもディーデリヒには何も見えていなかった。

 そのまま白い煙はアルフェリスの周りにまとわりさらに部屋中の中からさらに白いもやのような煙のようなモノは集まっていた。

 それまでずっと独り言のように呟いていたアルフェリスだったが急に周りのモノを押し払うかのような仕草をしていた。ディーデリヒには何が起こっているのか全く分からなかった。

「…アルフェリス?何をしているんだ?」

 ディーデリヒはアルフェリスがしていることにやはり理解ができなかった。それでもアルフェリスは自分の周りにまとわりついてくるもやのような煙のようなモノを払っていた。

「アル!」

 ディーデリヒはやっとのことでアルフェリスを抑えた。

「いったい何があったんだ?」

「ディーン兄様…には見えないんですか?この煙のような…靄のような…白いモノが俺の周りに…」

「何を言っているんだ?そんなものはこの部屋の中にはあるわけがないだろ?」

 ディーデリヒの反応に不安になり一瞬身体が固まった。

 その一瞬にそのモノはアルフェリスの身体の中へと入り込んだ。

「うっ?!」

「アルフェリス!大丈夫か?」

「ううっ…うっ!」

 アルフェリスは胸を掴むようにしてうずくった。

「アル!」

 ディーデリヒの声だけが部屋の中に響いた。

「誰か!誰かいないか!?」

 慌てたディーデリヒの声に扉の前に立っていた護衛騎士が扉を開けた。

「どうなさいましたか?ディーデリヒ殿下」

「アルの様子がおかしいんだ!医師を呼べ!」

「承知しました」

 護衛騎士が一人、駆け出した。

「うわっーーーーーーーー!!」

 アルフェリスが大きな叫び声をあげ頭を抱え倒れた突然のできごとにディーデリヒは動揺した。
















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