006. 闇に…

 夢を見ているようだ…。

 真っ暗な場所に俺はいる。どこまで歩いても真っ暗だ。

 何もない…いくら歩いても同じような場所で何も変わらない。


 一体ここはどこなんだ…?


 暫く経つと風景が変わった。今度は幼い頃の夢だ。

 確か…あれは辺境伯家の子ども。兄妹が父親に連れられ王宮で何度も遊んだ。兄のリアムはディーン兄様と同じ年だったから二人で遊んでいると俺は一緒に遊んでもらえなかった。最初は仕方なく妹のミシュアと遊ぶことにした。『女の子と何していればいいかわからないし面倒くさい』と思っていたが、意外にもミシュアと一緒にいるのは楽しかった。

 二度目からは庭園で隠れるように二人だけで居られるのが嬉しかった。庭園の花を摘み、ミシュアに渡しながら俺は言った。

「ミア!大きくなったら僕と結婚してくれ…」

 顔を真っ赤にしながらそっと花を差し出した。

 まだこの頃は舌足らずの所為せいか《ミシュア》と呼べずにいた。

「……☆ ♡ % □ △ ◯ ……?!」

 ミシュアが何と言っているのかわからない。

 笑顔でアルフェリスに話しかけてきたはずなのにミシュアの言葉が何を言ったのかわからない。

 笑いかけてくれたミシュアの顔が段々と黒いインクで塗り潰されていった。ミシュアだけではなく王宮の庭園も真っ黒になりやがて空も黒くなった。

 ただそこにはアルフェリスが佇んで薔薇の花が残っていた。


 真っ黒な空間に真っ白な薔薇。


 白い色だったはずの薔薇が赤みを帯びた。花弁はなびらの間から血のように真っ赤なものが流れ出す。まるで自分が身体の一部から流しているかのように…。

 花弁から流れ出たものはアルフェリスの瞳からも流れ出す。

 瞬きもせずにただ流れるのをそのままに。


 気づけば赤く染まった薔薇も暗闇へと消えていった。

 ここは現実なのか?それとも夢なのか?そもそも俺は死んだのか?それさえも分からない。暗闇の中で音さえ聞こえない。

 繰り返される夢の中でただ一人でいることが段々とアルフェリスの心を冷たく閉ざしていく。


 さらに別の夢を見た。輪郭だけの顔。その顔には黒と緑が入り交じった色で塗られた顔だった。男なのか女なのか服装も騎士服なのか貴族服なのか、まったくわからない人形ひとがたのようなものだった。ただ手には長剣を握っていることだけははっきりとわかった。


 ―お前は誰だ?―


 聞いたところで答えは返ってこない。理性も知性もないのかただモノは剣を振りかざしてくるだけ。そのモノは剣の先をアルフェリスに向けて罵詈雑言を口にしていた。

 ―何でお前が生きているんだ?!―

 ―お前よりも俺の方ができるんだ、お前が邪魔だ!!-

 ―お前なんか死ねばいいんだ!―

 殺意を剥き出しにした言葉とともにそのモノが持つ剣が振り下ろされた。

 アルフェリスは肩から斬られたと思い、手で自分の身体を触ってみる。指の間から流れる血を見つめているが痛みは全く感じない。痛みを感じないが血はどんどん流れていく。血が流れているのだと頭でわかるとその場で倒れ意識を失う。

 そんなことが何度も繰り返されもう目覚めることさえできないのだと諦めて苛立ちを感じた。


 どのくらい時間が流れたのかわからない。アルフェリスは暗闇の中でまた目を覚ました。

 今度は現実なのか?と考えているがさっきの夢の中で見たはずの自分の身体の傷がなくなり流れていた血も消えていた。

 自分がどこにいるのかさえ分からない暗闇の中、モノから剣で体を斬られ血を流し続けたため立った姿勢でいることも辛くなりその場でしゃがみ込んだ。

 それでもモノは剣で執拗に暗闇の中で襲ってきた。そのうちアルフェリスはモノに反応を示さなくなっていた。その時すでにアルフェリスの瞳には光がなくなっていた。


 何日も何ヶ月も何年も…暗闇の中で過ごしているような気がしてきた。

 この暗闇に居る限り死ぬことはないのだと理解してきた。

 何度目かの同じ夢を見ていた。

 だがその暗闇には今までにない柔らかい暖かな光がアルフェリスの身体を包んだ。

 暗闇に慣れすぎていたアルフェリスには眩しすぎる光だった。

 左の腕で目を覆うようにしながら右の手で光を払い除けるような仕草をしていた。

 けれど光は払えるわけではなかった。アルフェリスの身体に纏わりついた光は体を包むようにしてやがて中に吸収され消えた。

 光が消えるとまた今までと同じような暗闇が戻ってきた。

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