第3話 自分の夢

自分には夢がある。

自分は十七歳の時にNHKのアドベンチャーロード、現青春アドベンチャーというラジオドラマ番組でジュールベルヌ原作の「皇帝の密使」と出会った。広大なロシアを舞台に広げられるドラマ。時は帝政ロシア時代。皇帝の弟、太閤殿下に追放され辱めを受けたイバンオウガリョフが太閤に復讐するべく、太閤の命を頂戴すべく、八千キロ離れた太閤のいるイルクーツクに向かう。その急を知らせるべく皇帝直属の伝令大尉のミハイルストロゴフが皇帝の密書を携えて、八千キロ離れた、タタール人が反乱を起こした大地に向かう。そこで、ミハイルストロゴフはイバンオウガリョフと合うもお互いを知らず、ただ二人は反対の目的をもってイルクーツクへ向かう、という壮大にして血沸き肉躍る冒険ドラマに魅了された自分はドラマの世界へ足を踏み入れた。当時、小説などほとんど読まないから小説家は無理、かといって絵も描けないから漫画家も無理、そう思った自分はシナリオライターを目指した。シナリオライターを目指し、在京キー局のシナリオ賞に応募する日々を三十年強やってきたが、結果は散々なものだった。それでも娯楽ドラマを書くという夢を、世界を魅了するという夢を捨てることが出来ず、いや、書けば書くほどドラマの奥の深さに魅了され、技術も作品という目に見える形で向上していくのを目の当たりにしていたので、未来に希望しか見えていなかった。しかし、技術の向上に比例することなく、プロになるどころかワンチャンスもつかめなかった。それでもドラマを捨てきれず、今年、2020年、小説家として活路を見出そうとしていた。

ほんとあっという間の出来事だった。三十八にして今の会社に就職するもパワハラや陰湿なシカトにも会った。そんなとき自分を鼓舞し、ストレスを解消したのがレスミルズのボディコンバットだった。だから、ボディコンバットには思い入れがある。それを楽しむ人に親近感を抱く。ボディコンバットでパンチを繰り出す姿がかっこいい女性に憧れさえ覚える。彼女もまた小柄ではあるが、立ち姿も背筋がピンとしてシャープなパンチを繰り出す。顔も凛々しく、自分の好きな猫目タイプ。それにストイックさも自分の好きなポイントだ。好きにならない理由はどこにもない。お付き合いできるのなら付き合いたいと気持ちが前向きになると同時に臆する自分もいる。夢一つ叶えてない者に魅力があるか?お前のセールスポイントはなんだ?と自問自答すると、貧しくカッコよさもなく夢も叶えられず・・・。とても大手を振って彼女にアタックするには、滑稽すぎる。いや、彼女を馬鹿にしていると捉えられても仕方がないとさえ思える。でも、ドラマも作る気になって作らないと出来ないように恋も同じ。恋も成就させれう作る気になっていかないと決して成就しない。特に今年はそれを強く感じさせる。コロナウィルスが世界中に蔓延し、密はいけないと言われるよう言われているが、でも、だからこそ、人と人とが支え合って生きていきたい。そうすれば強くなれる。そして、もし愛する人が出来たら、無限の力を手に入れ、今まで噛み合わなかった歯車が合うようになるのではないか。そう思えてならない。たとえそれが幻で終わっても、最愛の人という何物にも代えがたいかけがえのない人が傍にいる。それだけでコロナウィルスであろうとどんな困難であろうと二人で手を携えて乗り越えられるのではないだろうか。幸福という素晴らしいものが最後に残るのではないだろうか。どちらにしてもあるのは幸せしかないし、追っているものは幸せなのだ。そう考えるのは、それがまだ妄想の産物、独り善がりのエゴイズムかもしれないが、今はそう思えてならない。そう思うと善は急げ。会える時に会って、伝えるチャンスがあるなら手紙でもなんでも伝えたいという逸る気持ちばかりが募る。そう恋は人を酔わせせる。酔いしれているときは一歩踏み出すことが出来ると強く思うのだが、時が経ち、日々の暮らしから現実を肌で感じると、去来するのは51にもなって手取り20万という現実。自分が生きるだけで一杯一杯な人間に告白されても彼女は首を縦には振らないだろうというイメージ。そうネガティブに考えて、踏み出そうとした足を引っ込めてしまう自分がいる。しかし、わかっている。人を愛する気持ちほど強い気持ちはない。愛は心をを温め、愛というアドレナリンが体中を漲らせ、今まで不可能だったことも彼女の愛を得ればどんな困難も乗り越えられる気になってしまう。今、こうして文章を書いていても、恋は美しい旋律を奏でるように言葉が生まれ、アイデアが生まれる気がしてならない。人にとって恋は人生を豊かにする至福の産物である。

そう、「お疲れさまでした」のたった一言。まずはそこから。それが俺の一歩だ。


第四話は、今のところない。

一歩踏み出す自分がいない限り、妄想の彼女は何も答えない。いや応えたとしてもそれは俺が作り出したエゴ。振られるにしても決して自分を傷つけないようにふる妄想の彼女の言葉。

妄想の彼女の言葉は聞きたくない。聞きたいのは彼女の生の声、彼女の生の反応、現実を味わいたい。長年ドラマを書いていると、ドラマとはまさに人生の縮図。

お疲れさまからはじめよう。


そう、恋することを失くしていた。





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