どんな天気の時でさえ
夢遊貞丈
どんな天気の時でさえ
いつもの道。
いつも使う道。必ず通る道。
気付いたのは、ある暑い日の、ふとした瞬間だった。
でも気付いてしまった後は、もう、平常心ではいられない。
今まで使っていたその道が、空気が、色が、匂いが、音が、昨日までとは一変する。
道を変えた方が良いか?
無視して進むのが最善なのか?
そんな事も考えたが、また同じ道を今日も進む。
意識は変えられない。何も改善しないまま同じ事を繰り返す。
どうしたらいいのか。わからない。わからない。
何故なのか。わからない。わからない。
気分が重い。どうしてこんな事に。
行きはまだ良い。怖いのは帰りだ。
家まで、家までなのだ。
住居を知られるとは、どういう気分か。わかるだろうか。
それを考えると気持ちが悪くなる。
家に、安らげる場所、安全な筈の場所に居ても、その場所が知られているという恐怖。
君はそんな事、そんな気持ち、知っているだろうか。
ああ、怖い。何もかもが怖い。
心を落ち着かせられる時間は無く、延々と付きまとう感情。
それでも、僕はまた同じ道を進み、決まった道を使って戻る。
なあ、僕よ。いつまでも繰り返すのであれば、いっそ勇気を。
勇気を出してみようじゃないか。
そんな事を考えてもみた。でも、ダメだった。
どう考えても、良い方向に話が進むとは思えなかった。
臆病な僕には、ただただ恐怖心と共に同じ道を行き、決まった道を戻る事しか出来ない。
次第に、僕の心は暗くなっていく。
何をしていても、気分が乗らない。
どんな事をしていても、常に不安が寄り添う。
解決する方法はあるのか?
そんな方法があったとして、僕に出来るのか?
そうやって何かを考えるフリをしながら繰り返す。
進展など無い。同じ道を、毎日、毎日。
噂には聞いていた。聞いていた上で、でも、まさか自分には関係ないと思っていた。
大きな間違いだった。もう抜け出せない。
こうなった以上、自分で解決出来ないならば誰かに、誰かに相談した方が良いのだろうか。
日に日に、後戻り出来なくなるという感覚が大きくなる。
手遅れになる前に、誰かに……
気を抜くと、距離が縮まるのが分かる。
それを許してはいけない。気付かれない様に距離を取る。
気付かれたら終わり。近づき、振り向いたら終わりなのだ。
何故、こんな事に。何故、こんな恐ろしい事を繰り返さなければいけないのか。
毎日、毎日、早まる心臓の鼓動に胃の中の物を戻しそうになる。
得体の知れないモノに押し潰されそうになる。
自分の足音にさえ気を使う。息も潜める。身体が自然と萎縮する。
追われる恐怖。これも君は知っているだろうか。
何が追ってきているかわからない。でも、追われている事はわかる。
背後にある、いる、何者か、何かが後ろから迫る恐怖。
想像もしたくない。君は知らない方が良いと心から思う。
そうであって欲しいと願う。
繰り返していくうちに、季節も変わる。
暑かったあの日からもう、何日も、何週間も、何ヶ月も経ち、今ではすっかり肌寒い。
帰りの道も暗くなり、距離感もおぼつかなくなる。
それでも、変わらないのだ。
相変わらず、僕の心は沈んだまま、同じ道を歩く。
慣れる事なんて無い。
最早、日常など無く、焦りと非日常感が僕の心を支配する。
段々と、僕は自分の異常に気付き始めてきた。
最初の、あの日の気付きから変わる事の無い不安と共に、新たな感情が芽生えてくるのを感じる。
悲しみと、そして、怒りだ。
何故、僕がこんな事に巻き込まれなければいけないのか。
何故、僕の身にこんな事が起こったのか。
何故、こんなにも……何故……
何に助けを求めて良いかもわからず、自問自答を繰り返しても答えは出ず。
逃げようにも逃げられず、どうしようもない。
どうしようもなければ、どうする事も出来ない。
どうする事も出来なければ、繰り返すしかない。
今日も、明日も、何日後だって、繰り返すしかない。
繰り返す先に脱出口が無い事なんてわかっているのに。
いっそ、大声をあげたくなる。でも、それをしたら終わる。
終わるというのは、もちろん最悪な形で、だ。
そんな最悪な終わり方をも、一方では肯定しかねない自分が居る。
僕の中で怒りが大きく膨れ上がっていくのがわかる。
この感情に飲まれてしまってはいけない。
まだ思い止まっている。まだ僕は僕のままだ。
でも、それもいつまで保つだろうか。
いつまで、と考えてしまっている時点で、少しずつ飲まれてしまっているのだろうか。
まだ、とは、どこまで大丈夫なのだろうか。
怖い。どうしようもなく怖い。
それでも繰り返し、繰り返して、気温と共に僕の心はどんどん冷えていく。
自分が、人間では無くなっていく様な錯覚さえ感じる。
人間では無くなるとはどういう事なのだろうか。
人間では無いモノとはなんなのだろうか。
どうしたら僕は人間のままでいられるのだろうか。
人間で無くなったなら、この恐怖も無くなるのだろうか。
それならば、それならば・・・・・・
暗い道。夜道には気を付けろという看板が視界に入る。
わかっている。そんな事は、誰よりも僕が一番良くわかっている。
今まで、これまで、色々考えてきた。
それでも愚直に、ただ繰り返す事をやめなかった。
繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し。
繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し。
繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し。
同じ道を、幾度と無く進み、戻り、恐怖と、不安と、焦りと、悲しみと、怒りと共に。
感情がぐちゃぐちゃになる。それでも、
繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し。
繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し。
繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し。
今ではもう、今まで感じていた感情の全てを受け入れていた。
決して穏やかな気持ちなどでは無かったが、少なくとも、もう、悲しみも、怒りも無い。
それでもまだ、
繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し。
繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し。
繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し。
その上で、僕は、僕には、どういう未来が待っているのか分からなくなる。
何を望んでいるのか、自分で自分が理解出来ない。
同じ道を進み、暗くなり、決まった道を戻る。
同じ道を進み、暗くなり、決まった道を戻る。
同じ道を進み、暗くなり、決まった道を戻る。
いや、僕に未来はもう無い。
とうとう僕は緊張を欠いてしまった。
夜道には気を付けろという看板が視界に入る。
夜道には気を付けろという看板が視界に入る。
夜道には気を付けろという看板が視界に入る。
今となっては、完全に気付かれてしまっている。
改善の余地は無い。後戻りは出来ない。
もう疲れた。疲れてしまった。
長い長い葛藤の中でやっと答えは出た。
距離が縮まる。
距離が縮まる。
距離が縮まる。
僕はもう人間をやめてもいい。
更に距離が縮まる。
更に距離が縮まる。
更に距離が縮まる。
そう、この追いかけっこの先で僕は人間では無くなる。
もう距離はほとんど無い。
もう距離はほとんど無い。
もう距離はほとんど無い。
もっと、もっと早く、普通に出来ていればこんな事にはならなかった。
手が肩に触れる。
肩に触れた手に力が入る。
身体が振り返る。
でも、もう手遅れなんだ。だから、
だから……だから……
——君が好きです。僕と一緒に死んでください——
どんな天気の時でさえ 夢遊貞丈 @giougio
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます