新しいなにか
落ち込んでばかりじゃしかたがない。新しいなにかを吸収したくなり、登戸まで本屋目当てに出かけた。向ヶ丘遊園にあった文教堂が閉店の憂き目に遭ってしまってからは、もっぱら通う本屋は登戸駅そばの住吉書房となってしまった。品ぞろえとしては文教堂には及ばないのだが、ないものねだりをしてもないものは出てこない。いない人間が現れないのと同じことだ。
入り口近くの雑誌、そこを抜けてマンガコーナーときらびやかなルートから一本外れ文庫本のコーナーへ。サラリーマンや主婦が多い店内で、誰も立ち止まらないのはわずかにスペースを貰っているハヤカワ文庫SF前。若干ほかの文庫本よりもサイズが大きく、視覚的にも本棚のなかで浮いていた集団。そんなアウトローの集まりで巡り合えた、というか前から気になっていた『たったひとつの冴えたやりかた』という本を買うこととした。私とほとんど同い年にあたる『新世紀エヴァンゲリオン』が企画段階のとき、最終回の仮題がこの本のタイトルからとられているということは知っていた。中学生に悩まされた今こそ、その原典に触れてみるのも悪くない。発展的解消というやつをしたくなったわけだ。
「あとは……」
とりあえず駅のほうへと歩いてみる。むこうにはマクドナルドがあるのだけれど、どうせなら今シーズン最初で最後の月見バーガーでも食べにいこうか。「濃厚ふわとろ月見」なる新種のバーガーもあるそうだし、大学のころの友人で占められているタイムラインも、この話題で一時期盛り上がっていた。あんまり眺めないから乗っかることはできなかったけれど。とにかく旨いものを喰らうのが、元気を出すうえでは一番いいはずだ。
そうして通りに抜ける最中、登戸駅前にバスが一台停車した。休日なのに人は大勢乗っていて、人口だけはご立派の郊外だなと呆れたりもした。溢れでる人々を見ていると、そのなかの誰かが貧血で倒れやしないかと目で追ってしまうのは、私がいまだに気にしている証拠だろうか。あの土手で、リストカットを日頃からしているのであろう彼女と話した日々のことを。自分が引き受けたのに、なにも力を貸してあげられなかったことを。
「……そっか、今日土曜日か」
ヒグラシのとまる木の下で、私たちは土曜日になると少年野球チームの練習を眺めていた。白球を追いかける子供たちは、今週はどうしているだろうか。なんとなく気になってきてしまうものだ。月見バーガーは帰りにでも食べればいいから、とりあえず土手まで覗きにいってみようかな。純粋な気持ちで土手を散歩するのだって悪くない。本来多摩川なんて、そうやって使うに越したことはないのだ。
足が土手の頂上にかかり、そのままグラウンドを見下ろせる階段までたどり着く。すでに見えている彼らの人数や服装に違和感を覚えながらも、私は定位置に座ってから事態の把握に努めることとした。
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