なんだこいつ

白咲実空

第1話 そもそも付き合ってることがおかしいんだよ

「由紀聞いて~! 彼氏のことなんだけどねー……」

ああ、またこの話か。

授業が終わった後のすぐの休み時間。

友達の紗奈が私の机にバンッと手をつき深くため息を吐いた。

「今度は何? どうしたの? 」

「それがさぁー! こうくんってば、こんな写真送ってきたんだよ!? 」

そう言って見せてきたスマホの画面には、こうくんと思われる人物がペットボトルを片手に笑っている自撮り写真が写っていた。

「これが、どうかしたの? 」

「どうかしたって、かっこよくない!? 」

「ああ…」

どうやら先程のため息は悩み事があるとかではなく単にかっこいいこうくんに見惚れていただけだったらしい。

まぁ、恋したことのない私にそういった気持ちは到底理解できないのだが…。

「今日も電車乗って、隣の高校行くんだー! 」

こうくん、もとい幸樹くんは隣町の高校に在籍している。

私は他校に友達なんていないため行ったこともなければ行こうとも思わないが、紗奈は幸樹くんに会いに毎日通っているらしい。そこの生徒でもないのに、ご苦労なことである。

「こうくん、すごいんだよ? この前の体育のバスケではこうくんのサーブだけで優勝したんだって! やばくない? 」

「おー。やるね」

「でっしょー! あーマジでかっこいいわうちの彼氏」

「あはは。ていうか、付き合ってもう結構たつんじゃない? 」

「うん! 今年で1年目!! 」

私と紗奈は今年、高一で知り合った。たまたま席が隣で話しているうちにすっかり仲良くなって1ヶ月後くらいに彼氏の存在を教えてくれた。

「昨日も3時間くらい電話しててさー」

「3時間!? それはまたすごい……」

「毎日連絡しあってるんだー! 」

えへへと嬉しそうに笑う紗奈。

恋ってすごいな。私だったら3時間も電話するとか絶対無理だ。もともと会話自体あまり得意な方ではないから絶対途中で話途切れて気まずくなって終わるに決まっている。

「それでね!こうくんがー……」

「あーはいはい。今度は何? 」

とまあ、こんな感じで適当に相槌を打ちつつも、私は結構この時間が好きだったりする。

まだしたことない恋愛の話に単純に興味がある、というのもあるが…。

私は、紗奈とお喋りすることが、大好きなのだ。


「由紀ー……」

「ん?どしたー? 」

こういう顔は、いつもの恋愛相談だな。

少ししょんぼりした顔をしているのを見る限り、彼氏と喧嘩でもしたのだろう。

「喧嘩でもしたの? 」

「え!?なんでわかったの!? 」

「いや、顔見れば分かるって。それで、何があったん? 」

すると紗奈は珍しく言うのを躊躇っていた。

いつもはすぐに口を開いて「それでね! 」とか言ってくるのに。

たっぷり1分が経過した頃、紗奈は何かを決心したようだった。

「実は……こうくんと喧嘩しちゃって……」

「うん。それで? 」

「それで……別れる? みたいな……」

予想外の言葉に若干驚く。

いや、喧嘩したのだろうとは思っていたけど、まさか別ればなしにまで発展しているとは思っていなかったのだ。

「え、なんで? 」

「それが……最近あんまりこうくんの学校に行けてなかったっていうか……電話もその……あんまりできなくなっちゃったっていうか……」

「まぁ、最近テストあったりで忙しかったしね」

「うん。お金もあんまないから汽車代も……。それで、えっと……そのことで、こうくん怒っちゃって……」

「怒った? 何で? 」

さっぱり意味がわからない。

「いや、なんで最近会えないのかって……。もしかして、俺に対する気持ち、冷めてんじゃないかって……」

「は? 」

思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

「え、テストがあったからって……」

「もちろん言ったよ!? でも、そんなことで会えなくなるのは……なんか……みたいな?」

「はぁ? 」

わけがわからない。

いや、彼氏も大事だけどテストも大事だろうが。

何を言ってるんだその彼氏は。

「今日もその高校行くの? 」

「うん……」

「よし。じゃあ、私も行っちゃる」

「え? 」

まあ紗奈の彼氏だし、気を遣って強く言えないところもあるだろうしな。

ここは全く会ったことのないわたしが、バシッと言ってやった方が良いだろう。

「いいの? 」

「うん。こういう時は、1人で解決しようとしない方がいいしね」

こうして私は、人生で初めて他校にお邪魔することになった。


といっても、さすがに校舎には入れないので校門前で待っているだけなのだが。

「あ、来たよ! 」

紗奈が指さした方向を見ると、そこには少し長めの髪の美形がいた。いかにもチャラそうな雰囲気で、髪が黒じゃなかったら殴っていたかもしれない。私の嫌いなタイプである。

「こうくーん! 」

「あ、紗奈……」

幸樹くんは一瞬表情が固かったものの、元気な紗奈を見て安心したのかすぐに笑顔になった。

でも私には分かる。

紗奈のこの笑顔は無理してる時のやつだ。

「紗奈、どうしたんだ? 」

「あ、えっと……話があって……」

「ああ。昨日のこと? 」

この彼氏、私の存在ガン無視である。

普通は「この人は? 」とか言って聞くと思うのだが、こちらに視線さえ寄越さない。紗奈しか見えていないらしい。

「う、うん。私最近忙しくて。テニス部でも後1週間したら大会とかあるからまたこうくんには当分会えなくなるかも……」

「はぁ!? ふざけんなよ!? 」

おっと彼氏さんどうした。

あれ? 説明聞いてなかったのかな。テニスの大会があるって言ってましたよお宅の彼女さん。

「俺とテニス、どっちが大事なんだよ!? 」

テニスだよ。いや知らんけど。

紗奈は放課後部活が終わった後も1人で一生懸命練習しているのは知っている。

もし彼氏の方が大切だったとしても、テニスだって大切な紗奈の1部だ。比べるなんてできないだろう。

「そ、それは……」

紗奈が口ごもる。迷っているらしい。

幸樹くんは「はぁ」とわざとらしいため息を吐いた。

なんだよその態度。

「あの、紗奈の彼氏なんだったらテニスのこと応援してあげてくれませんか?紗奈、テニスのこともすごく大切に思ってて……」

「あ? 誰おまえ」

「紗奈の友達の由紀といいます」

「ふーん。まぁいいや。部外者は黙っててくれる? これ、俺と紗奈の問題だから」

あ? やばい殴りたい。

私の言葉が華麗にスルーされたところで、紗奈がようやく口を開いた。

「あの、由紀は私の友達だから、そんな言い方……」

「は? てか、なんで俺とおまえの問題に、他人連れてきてんの? そっからまず意味わかんないんだけど」

「そ、それはっ! 私を助けてくれようとして……」

「んだよそれ。はーマジ萎えるわー」

「ご、ごめ……ん。今日はもう、帰るね」

どうやら限界がきたらしい。まぁ、これ以上はもう無理か。

「おー。じゃーなー」

幸樹くんは再び学校に戻って行った。

「あれ? そのまま家に帰らないんだ」

「あ……勉強しに教室に戻ったんだと思う。テスト近いって言ってたから」

「え。勉強すんのあいつ。すごい意外……」

「うん。留年してるらしいから、良い成績残さないと駄目みたい」

「……留年?」

なんか今、やばい単語を聞いた気がするんだが。

「うん。本当は19歳だよ。今年もう1回受験するんだって」

受験?

「こうくんも受験あるから、暫く電話は控えようって提案したんだけど、俺の気持ち考えてくれてないとか言って怒らせちゃって……」

待て待て待て待て。新情報がぞくぞくと出てくるぞ。

「由紀……今日はありがとう。それとごめんね?私のせいで、こうくんが由紀にあんな態度とっちゃって……」

「そんなっ! 由紀のせいじゃないよ! 」

必死に否定するも、紗奈の目には涙が溜まっていた。

「由紀……嫌な思いしたよね? 本当にごめんね……」

紗奈は優しいな。

本当は自分のことで精一杯なはずなのに、私の心配をしてくれている。

「私は大丈夫だから。ほら、今日はもう帰ろう? 」

「……うん」

ハンカチを紗奈に渡し、涙でグチャグチャになった顔を拭く。

振り返り、あいつが消えていった校舎の中を見つめる。

私はこの日、幸樹を絶対に許さないことを心に誓った。


自室にて、今日の授業の復習をしていたら急に着信音が鳴った。

電話なんて滅多にかかってこない。珍しいな。

誰だろうと思いスマホを開くと、電話の画面と左上にメッセージを報せるアイコンがあった。

画面の上をスクロールして先にそちらを確認すると、メッセージは紗奈からで「ごめんね」とだけ記されていた。

ごめんね? 今日のことだろうか。紗奈のせいじゃないから気にしなくてもいいのに。

電話の相手はー……

「? 誰? 」

知らない番号だ。疑問に思いながら電話に出ると、知っている声が聞こえてきた。

「あ! 由紀ちゃーん? 」

「……は? 」

声の主は、今日初めて話したと思われる幸樹からだった。

この男、校門前での態度から一転、「由紀ちゃん」とはいい度胸である。

「あれ? この番号、由紀ちゃんのだよね? 」

「なんで私の番号知ってるんですか? 」

「いやー紗奈から聞いてさー」

ああ、さっきの「ごめんね」はそういうことか。

無理矢理聞かされたんだろうな。

「で? なんの用ですか? 」

「あーうん。早速なんだけどさー、俺ら、付き合わない?」

おっと危ない手が滑って電話を切っちゃうとこだったぜ。

「ごめんなさい。それでは」

切る前にちゃんと返事を返さないとな。よし、これで切る事ができ……

「あー待って! 話聞いてー」

うっざ。なんだこいつ。

「いやー由紀ちゃんかわいいよね! 今日初めて会ったけど俺の好みのど真ん中だったもん」

「……紗奈は? 」

「あー……紗奈はなんか、飽きちゃったっていうか?ほら、俺との時間、全然大事にしないし。俺の事好きじゃないみたいだし?」

「……」

「紗奈ったら、俺の気持ち全然考えてくれてないんだよ?俺がどんなに紗奈を思ってるか……」

「おまえの気持ちとか今はどーでもいいんだよ」

「……え? 」

幸樹が間抜けな声が電話越しに聞こえてきた。

不快だ。耳が腐る。

「おまえ受験生だろ? だったら勉強に専念しろや」

私の堪忍袋の緒は、とっくの昔に切れていた。

私はただ、こいつが、紗奈を1番分かっていないこいつがただただ憎らしかった。

「そもそも付き合ってること自体おかしいんだよ。おまえが紗奈と付き合いだしたの今年だろ? 何? 留年してもう1回受験だって時に付き合おうって思ったわけ?馬鹿じゃないの? 」

「……でも」

「うるさい聞け。紗奈があんたの気持ち考えてない?当たり前だろ。紗奈が考えてるのは気持ちじゃない、未来なんだよ。毎日電話したい? 毎日会いたいだ?それを分かれって? アホかおまえ。いいか? そんなの単なる我儘なんだよ。留年してる時点で危機感持てっつーの」

「……なんでてめーに説教されなきゃいけねーんだよ!? 」

逆ギレか。これだけ言っても自分の状況がわからないなんて、どれだけ馬鹿なんだよ。

「俺は紗奈が好きだっ! なのに、なのにあいつが俺のことどうでもいいみたいにするからっ! だからっ! 」

「そもそもさー、あんた本当に紗奈のこと好きなの? 」

「なっ……!? 」

「安心したかったんじゃないの? 周りが進学していくのを見て自分だけが落ちぶれてる状況に不満感じて、周りより上だってことを証明したくて彼女作って幸せアピールしてるだけなんじゃないの? 」

「……」

「それ、ただの自己満足だから。この状況を作ったのは他でもない、おまえだ。そんな自己責任に、紗奈を巻き込むのはもう……」

ツー……ツー……。

無機質な音が耳に伝わる。

電話は切れてしまった。

「勝った」

私の勝利だ。幸樹め、どうやら図星だったようだな。

勝った。勝ったは、いいのだが……。

「紗奈、どうしよう……」

私は幸樹が嫌いだが、幸樹は紗奈の彼氏なわけで。

部外者である私があんなことを言ってしまった手前、2人の仲が元に戻るとは思えない。

もしかしたら、私のせいで破局なんてことも……。

トゥルルルルルル……。

「うっわぁ!? 」

突如鳴ったスマホにキョドりながら、再び 電話画面を見る。

まさか幸樹からじゃないだろうな……。

そう警戒したがそんなことはなく、かかってきたのは紗奈からだった。

「もしもし、紗奈? 悪いお知らせがあるけど、聞きたい? 」

「え、急に何!? 」

こうなってしまった以上仕方がない。

ここは事情を話して謝るしかないだろう。

「あの、幸樹……くんのことなんだけど……」

「あ、私もそのことで電話したの。私、こうくんと別れようと思う」

「……ふぇ? 」

別れる? なんで?

「だって紗奈、あんなに幸樹くんのこと……」

「うん。好きだったよ? 」

好き「だった」。

それが何を意味しているのかは、考えるまでもなく。

「私、あの時……由紀を悪く言ったこうくんを見て自分の気持ちがはっきりわかったの。私、こうくんとはもう付き合えない」

「え、私? 」

「うん。私にとって由紀は、とっても大切な親友だから」

「紗奈……」

やばい。涙でそう。

これ以上は鼻声になってしまうと思い「そうなんだ」と言って通話を切ろうとすると、「待って! 」と紗奈が呼び止めた。

「だに? 」

「だに? 」

しまった。鼻声のせいで「なに? 」が「だに? 」になってしまった。

「あ、ごめん。ええと、なに? 」

「お話、しよ? 」

鼻声、なのにな。

「うん。いいよ」

思ったこととは裏腹に、了承してしまう。

それから紗奈とはたわいもない話をしていた。

こうくんがどれほどクズだったかとか、クラスのあの子があの子と付き合ってるとか。

主に恋愛絡みが多かったが、恋をしたことのない私にとっては十分楽しかった。

時間はあっという間で、気づけば2時間はたっていた。

「じゃあ、またね」

「うん。また明日」


後日。紗奈は幸樹と正式に別れたらしい。

「俺とテニスどっちが大事なんだよ!? 」という質問に迷わず「テニス」と答えたところ、泣きながらその場に崩れ落ちていったらしい。見たかったな。

「由紀ーカフェよって帰ろー? 」

「いいけど、部活は? 」

「大会で優勝したから、お休みもらったの! 久しぶりの休暇だよー」

「ふふ! じゃあお祝いに、ケーキでも食べよっか? 」

「わーい! ケーキケーキ! 」

2人並んで、校門を出る。昨日のお喋りの続きをしながら。


やっぱり私は、紗奈とお喋りする時間が好きで、紗奈のことが堪らなく大好きなのだ。







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