第9話 祭りのあと
「なあ、さっきから何打ってんだよ」
打ち上げ会場の居酒屋の一角でルカはレオナの隣でジョッキ片手にスマホで文字を打っていた。シゲは他の席にあいさつ回りの真っ最中だ。夜のシジマの宣伝でもしに行っているのだろうか。
「ん?トイッターの公式アカウントで今日のライブの報告だよ。こういう情報発信もバンド運営では大事だからな。お前にも後でパスワード教えてやるからちゃんと書きこんどけよ」
するとルカは突然レオナの肩に手を回し、おもむろに抱き寄せた。レオナは突然のことにグラスを取り落としかけた。ルカはもう片方の手でスマホを掲げ、自撮り設定にしてシャッターを切った。
「急に何しやがんだ!酒こぼしかけたじゃねえか!」
「これもトイッターにあげるんだよ。お前写真あんまり撮られたがらないもんな」
ルカは悪びれず笑っている。
「よし、送信っと…」
ルカのスマホ画面をのぞき込むと、トイッターのタイムラインにTHE FASCINATEのアカウントがのつぶやきが投稿されていた。
『「Evergreen festival in 20xx」無事終演!THE FASCINATEのスタートをこんなに素晴らしいイベントで切れて感激です!
スタッフ、共演者の皆様、サポートドラマーのシゲさん、そしてご来場くださった皆様、ありがとうございました!セットリストは画像からどうぞ』
よくもまあこんな達者な文章が書けるものだ。
つぶやきとあわせて、知人に頼んで撮ってもらったという演奏中の写真、満面の笑みのシゲの写真、今撮った自撮り写真、そしてセットリストをメモしたスクリーンショット画像が添付されていた。
セットリスト
1.Bullet of magma
2.Fictional Dictator
3.Dead Carnival
4.Higher than HEAVEN
5.IRON MAN(BLACK SABBATH)
6.Stranger's journey
「あのぉ~すいませーん!」
とても高く、幼い声がする方を見ると、ひとりの小柄な女性(結構出来上がっている)がグラスを持ってニコニコとこちらを見ている。名前こそ知らないが、確かThanksのベーシストだった気がする。
「ああ、君か。今日はお疲れ」
ルカが気さくに応じた。そう言えば、開演前にこの子が可愛いとかチラッと言っていたなとレオナは思い出した。もう仲良くなっているとは。
「いやぁー、レオナさんもルカさんも超カッコよかったですぅ!私一発で痺れちゃいましたぁ!」
能天気な喋り方だが、そこに媚びや嫌味っぽさは微塵も感じられない。そういう所も好かれる理由の一つなのだろう。
「へぇ、嬉しいね!俺もマコちゃんのベース、カッコよかったと思うぜ。ほらお前もなんか言えよスケコマシ」
誰がスケコマシだ、お前にだけは言われたくないっての。
「えーと…俺もすごくよかったと思う。スリーピースであんなにタイトな演奏が出来るのは凄いと思うし、あの曲調でツーフィンガーってのも印象的だった。それでいて声質も曲に上手くハマっているのが印象的だった」
レオナの評論にマコは目を輝かせてぴょんぴょんと飛びあがった。
「おぉぉぉ…褒められちゃったぁ!うしし」
ハハハ、と愛想笑いしていると今度は酔っ払った男がこっちに来た。
「おぉ?あんた何マコちゃま口説いてんだよぉおい!俺の目の黒い内は手だしなんかさせねえっすよおい!」
確か彼はシンク・キャットのメンバーだったか。口元が半笑いな事から本気で怒っている訳ではないようだ。そんな彼を他のメンバー二人が宥めながら支えている。
「あー、すんません!こいつ酔うとウザ絡みが酷くてねぇ…でも嫌ってる訳じゃないんで安心していいっすよ!」
「はぁ?俺酔ってねえし…酔ってねえし…酔っれ…」
同じ言葉を繰り返して呂律も回らなくなってる時点でもう酔ってる以外の何者でもないのだが。
「いやぁ、こちらこそすいませんね!ウチのジゴロがお宅の可愛いマコちゃまを惚れさせちゃって!」
ルカはレオナの頭を掴んでグワングワンと揺さぶってみせた。
「やめろ揺らすなバカ!て言うかお前が言うんじゃねえ!」
顔が赤くなっていないルカは 酔っているのか酔っていないのか分からないノリっぷりだった。そんなこんなでレオナは打ち上げの喧騒の中に瞬く間に飲み込まれて行ってしまった。バンドの発起人は自分なのに、すっかり主導権を奪われてしまったような気分だ。
朝の5時過ぎ、まだ始発も動いていない時間帯だった。
打ち上げも3次会まで行って解散となり、家の方向が違うシゲと別れたレオナとルカは静寂に包まれた朝の町中を歩いていた。
「うー…だいぶ飲み過ぎたな…」
レオナは頭を押さえながらふらふらと歩いていた。
「おいおい大丈夫か?頼むからその辺で吐くんじゃないぞ」
「誰のお陰でこんな事になったと思ってるんだよ!散々飲ませやがって…」
「でもお陰で、みんなと打ち解けられただろ?バンドの紹介も出来たし。ジャミング・ジャムのメンバーとも話したけど、お前だいぶ褒められてたぞ。俺もあの人達色々と勉強になったよ。ステージングとか、作曲のこととかな。彼女たちの姿勢は本当にプロフェッショナルのそれだ」
ルカの社交力と世渡りには脱帽せざるを得ない。初対面でよくそこまで打ち解けられるものだ。あちこち放浪してきた経験の賜物だろうか?
「なあ、トイッター見てみろよ。ライブの感想とか書いてあるはずだから」
レオナはスマホを取り出し、ライブに関する適当なワードで検索をかけてみた。
『THE FASCINATE始めて見たけどカッコよかった!』
『ベースが上手すぎて禿げた』
『サポートドラマーがシジマの人だったけどどういう関係?』
『1曲目から脳天ぶち抜かれた!』
『ルカさんカッコいいし上手すぎ!』
『正式なドラマー入れるのハードル高そう』
『まだ粗削りで不安定所はあるから今後に期待かな』
『ギターのレオナくん可愛い、睡眠薬盛って監禁したい』
『期待の逸材いいゾ^~これ』
『非常にヘヴィで、非常にメロディアス』
『もしかしてお前のギター、無類のメタル好きか?』
などなど、ほんの一部だが目を通した。
「結構好意的な人が多いな」
「色々と突っ込みたいことはあるけど…意外な結果だな。でもやっぱりギターの評価は他よりよろしくないか…」
実際、正直ピッチやリズムが怪しかった箇所も結構あった。そこはアドリブと勢いでカバーしたが、耳の肥えている観客にはバレて「誤魔化してる」と思われた可能性もある。おやっさんにもそこだけやんわりとだが指摘されて恥ずかしくなったものだ。全体的にはまあ悪くはないと言っていたが。
「これからより上手くなればいいんだよ。一応かなりのテクニックは持ってるし、何よりお前はまだまだ若いんだ、若者よ」
「オジンみたいな事言ってんじゃあねえよ、3歳しか違わねえだろ」
そんな軽口を叩き合っている内に、まだ人も殆どいない駅のホームに辿り着いた。
あの熱狂のライブ。
レオナがギターを弾きながら叫び、ルカが華麗かつ獰猛にベースを奏で、シゲが観客を鼓舞するようにドラムを叩いていた、夢のような時間。そしてそれは必ず終わる時が来る。そしてこの電車に乗れば、誰もがまたいつもの日常へと戻っていくのだ。
「…ほんと、まだ夢を見ているような感じだな。久しぶりの感覚だ」
「いいや、確かに現実だった。俺達の音は確かに観客に届いていたんだ。それを夢だなんて言って嘘にしちゃいけないぜ」
レオナは思わず笑いだした。
「へへ、そうだよな…」
「それにこれが終わりじゃない。始まりなんだよ、俺達の新しい運命の。そしてそれを進めるためにはまだまだやらなきゃいけない事が山ほどある」
レオナはそれを聞いて脳裏に、自分達の音を受け取ったくれたオーディエンスや対バン相手の顔を思い浮かべた。
「ああ、頑張んねえとな」
2人はホームを見渡すと、近くのベンチの横に一台の自販機を見つけた。
「おっ、あの自販機シジミ汁の缶が売ってるじゃねえか。酒飲みには嬉しいね」
「じゃ、今日のシメとして乾杯するか?」
2人して同じ缶を買い、同時に開けた。
「それじゃあ、乾杯といこうか。何に乾杯する?」
レオナは少し考えながら、天を仰いだ。雲一つない、山の清水のように冷たい空気を表したかのような青さだった。
「そうだな…初めてのライブの成功?それとも、俺達の未来に?」
そこまで言ってレオナはハッとした。違うだろう、どれでも無いはずだ。そして、意を決したようにルカの目を真っすぐ見て言った。
「動き出した運命に…これでどうだ?」
ルカはレオナの提案にニヤリと笑い、無言の同意として缶を掲げた。
「ああ、いいな。それじゃあ…」
「動き出した運命に」
「動き出した運命に」
二人の男の門出を祝福するように輝く新しい朝日が昇る街、その片隅。
2本の缶が、ぶつかって音を奏でた。
それはきっと、運命のベルが鳴る音だったに違いない。
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