第8話 始まる飛翔
ライブハウス「マーブルレイン」の楽屋。
壁は落書きで埋め尽くされて、そこから店の歴史を感じることが出来る。聞いたこともないマイナーなバンドのサインから、今でもしょっちゅう名前を聞くアーティストの若かりし頃のサインまで無数に書かれていた。
そんな年輪に不遜にもたれかかる若者、レオナは丸椅子に座って煙草を咥えながらスマホを操作していた。
「お前、ネットを気にするタイプに見えないのに意外だな」
鏡の前のテーブルの椅子に座ったルカが、ベースをいじりながらからかってきた。今、この楽屋には二人しかいない。他の出演者は全員客席かバーにいる。
「俺を何だと思ってんだよ。俺だって一応現代っ子だぜ?仙人じゃあない。今時のロッカーはアニメだって見るし漫画も読む。SNSでエゴサだってするさ」
そう言ったレオナがスマホで見ていたのは、トイッターだった。
検索内容は「
「ふーん。で、俺達の事なんて書いてあるんだ?」
「えーとなになに…?『聞いたことない。新人?』、『大したことなさそう』、『この人のベースこないだ聞いたことある!』、『ベースがめっちゃ上手いらしいよ』、『あのギターまだ活動してたんだ』、『あのギターに女取られた』、『トイレタイム確定』とかとかとか…」
ルカは指を眉間に当ててうーんと唸った。滑り出し好調とはいかないものだ。
「まあ、こんなもんか」
「バカ言え!お前は褒められてるからいいけど、俺の話題は半分が悪口だじゃねえか!大体この『女取られた』ってデマだからな!?ったく、言いたい放題言いやがって」
「ま、ネットなんて得てしてそんなもんさ。俺達は練習でやった通り、全力で音を叩きつけてやればいいんだよ」
すると、楽屋のドアを開けてシゲが駆け込んできた。
「ねえねえ、表ちょっと見てきたけど結構人が入ってるよ!まだまだ増えてるし…あれ、ちょっと二人とも?生きてる?」
レオナはふてくされた顔で言った。
「……殆どは俺達目当てじゃないでしょ。半分はトリのバンドの客だろうし、それ以外も今人気のバンドばかりだし」
「だから絶好のチャンスじゃん!いっそ他のバンドの客をかっさらてやる!って気持ちで行けばいいんだよ」
「シゲさんの言う通りさ。よし、もう開演時間だし俺はトップバッターの『Thanks!』でも見てくるとするよ。ベースの子が可愛いんだよな」
ルカはベースをスタンドにかけると楽屋を出ていった。シゲも知り合いのバンドと話してくるという事で再び出ていってしまった。
楽屋に一人取り残されたレオナは再び目を閉じ、思索の海へと潜っていった。
期間にしては一ヶ月と少しだったがレオナとルカにとってはつい昨日のようだ。
その間二人は各々の自宅で曲作りや練習に励み、何度もスタジオ「ウンディーネ」に通い詰めてリハーサルとアイデアの出し合いに没頭した。
意見のぶつかり合いで殴り合いの喧嘩に発展しかけたことも何度かあった(一回は受付のお姉さんに叱られた)が、そのおかげかTHE FASCINATEのオリジナル曲はみるみるブラッシュアップされていった。
そんなある日、ルカからレオナのスマホに一通のLINAが届く。
『これにデモを送ってみないか?』
『結構馴染みのハコなんだろう?』
添付されていたリンクにはライブハウス「マーブルレイン」の新イベントの出演者募集のお知らせだった。
マーブルレインは客として見に行ったことはあったがまだ出演したことはない。
あの店はこの地域を拠点としているミュージシャンなら一度は出るべき、と言われているほど有名なライブハウスだ。
登竜門と言う程敷居が高い訳ではないが、今現在第一線で活躍している様々なジャンルのバンドがここを経験している。
「おやっさん」と言う愛称で親しまれている店長はその昔、バンドブームで大活躍した某バンドのドラマーで、現役を引退した後はこのマーブルレインをオープン。現在まであらゆるジャンルの音楽を受け入れて後進の育つ場を提供している。
『客としてならな。人のサポートでは何度かあるけどバンドで出た事は無い』
『それに馴染みだからって簡単には行かないと思う』
『おやっさんは懐は広いけど、自分で主催するイベントとなると滅茶苦茶厳しくなるからな。覚悟して臨むべきだろう』
『それは、Yesって事か?』
しばらく考え込んでから、レオナは短く返信した。
『もちろん!』
程なくしてデモテープを送り、スタッフとバンドのサシによるオーディションライブにも合格。それからは練習、練習、練習の繰り返し。
いつの間にかスタジオのスタッフにも顔を覚えられるようになり、掲示板にイベントのポスターが貼られているのを見た時は小躍りしたものだ。
ライブが近付くにつれて受付の女性やスタッフの一人(受付の実弟らしい)に「頑張ってね」と声をかけられる事もあった。
だが、問題もあった。それは『ノルマ』だ。バンドはライブハウスに出演する際、店のさだめた一定数のチケットを売らなければならない。それが出来なければ足りない分は自腹、と言うシステムだった。
ルカは瞬く間に知人やミュージシャン仲間への告知、勧誘に成功した。ちゃっかりウンディーネのスタッフにも売り込んでいたそうだ。手が早い奴め。
一方レオナに関しては、直接誘えたのはマリ、桜子、マナミの3人だけだった。桜子は音楽仲間いっぱい誘って行く!と息巻き、マナミの方も学校の友達を誘って来てくれると言っていた。結果的に2人合わせてノルマギリギリのチケットを売ることができたが、レオナは「これじゃヒモみたいだ」と半ば自己嫌悪に陥ったという。
そして迎えた当日。
店の外の立て看板にはチョークでライブの案内が大きく書かれていた。
『Evergreen festival in 20xx』
1.「Thanks」
2. 「シンク・キャット」
3.「THE FASCINATE」
4.「キズナターミナル」
5.「ジャミング・ジャム」
open/18:00 start/18:30
¥:3000yen(+1drink)
トップバッターのThanks!は女子3人組のガールズバンドだ。3人のキュート(カワボと言うらしい)な歌声とは裏腹のハードな演奏が動画サイトで話題になっている。
シンク・キャットは男性4人組のバンドで、全員が演奏しながらながらボーカルを務める。1stシングルは瞬く間に完売と言う人気ぶりだ。
キズナターミナルは男女混合の4人組バンド。こちらも4人全員がボーカルを務め、ライブではエンターテイメント性の高い魅力的な演出がなされることで有名。
大トリのジャミング・ジャムは女性ボーカルによる5人組バンド。実はレオナもこのバンドのアルバムは持っていた。高い演奏力、演劇を見ているかの如く壮大な演出と楽曲構成で知られる所謂「シアトリカル・ロック」という奴だ。
既に話題となっている4バンドに対してずぶの新人であるTHE FASCINATEは3番目、ど真ん中の出番。
もしかしたら、おやっさんが「試練」のつもりでこうしたのだろうか。「こんな奴らに挟まれても、自分の力を出し切れるのか見せてみろ。知り合いでも容赦はしない」と。挑もうとするものにチャンスは与える。だがそれなりの試練は課す。あの老人の考えそうなことだ。
だがレオナは、そんな試練にも挑戦することを決めていた。それも始めからだ。
「次、THE FASCINATEさん。よろしくお願いします!」
スタッフの呼び出しがかかった。
楽屋に座っていた3人は立ち上がり、各々の楽器を持ってステージ脇に向かった。
途中、出番を終えたシンク・キャットの5人とすれ違い、簡単に会釈をした。
彼らと、その前のThanksのステージは楽屋からでも聞こえるほどに大盛況で、レオナたちへのハードルは一気に上がったと言える。
ステージ脇のカーテンから外を覗くと、SE(Queenのベストアルバム、ナイスだ)が流れる中スタッフたちが転換の準備に追われ、客席では観客たちが談笑に興じていた。
レオナは思わず大きなため息をつく。
「緊張してるのか?」
ルカが肩に手を置きながら声をかけてきた。
「まあちょっとな。ライブ自体は慣れたもんだけど、今回は特別だ。俺達の運命を動かすためのライブなんだからな」
「大丈夫、何とかなるよ。気楽に行こう」
シゲが二人に優しく言葉をかけた。流石は百戦錬磨のドラマーだ。夜のシジマの活動もあるだろうに、今日はヘルプで駆けつけてくれただけじゃなくて少しの間サポートもしてくれるという。ここまでよくしてもらって逆に申し訳ないくらいである。
「よし、行こうぜ!」
ベースを背負ったルカが真っ先にステージへと出ていく。それにシゲも続く。
レオナは深呼吸してからギターを首から下げ、覚悟を決めた顔でステージへと出た。
暗い客席には観客がひしめいている。ほとんどが自分達目当ての客ではない。実際、みんな自分達を品定めをするかのように見つめている。
やはり俺はどこへ行っても異端者だ、とレオナは人生を振り返り軽く自嘲した。
そんな中、ちらほらと見知った顔も見える。後ろの方では桜子が手を振っており前列の方でマナミもアユミを連れてこちらを見ている。
ルカの知り合いらしき人物も見える。
異端者?それがどうした。こんな自分達でも、期待してくれている奴がいる。見てくれている奴がいる。だったらやる事はひとつしかない。
全力でそいつら、そして俺達を知らない大勢の奴らのために、音で答えるだけだ。
俺達の言葉を、俺達の音を、俺達の想いを。
レオナはマイクを握りしめ、淡々と話し始めた。
「こんばんは、初めまして。俺達はTHE FASCINATE。よろしく」
まばらな拍手が返ってきた。
これ以上の前置きは不要だろう。ピックを構え、ただ一言だけ伝える。
「最初は『Bullet of magma』、聞いてくれ」
ドラムのカウントと同時に、二人が同時にピックを振り下ろして弦を叩き、スピーカーから凶暴な轟音のリフが溢れだした。
瞬間、レオナの身体のボルテージは一気にピークへと達し、本能が赴くままに、暴力的なリフを刻み続けた。ルカの歪んだベースもシゲの弾丸の如きドラムもそれに応えていく。
そして、マイクに向かって唸りながら、がなるように歌い始めた。
「
《俺は宵闇を彷徨う亡者 誰もが俺を忌避していく》
《寒い夜 凍えそうだ 氷の暴虐よ我に近付くことなかれ》
《生ける屍は土に帰り 生者に踏みつけられるだろう》
《待ちわびる 地獄の底で悪鬼王の目覚めを》
この世の誰も信じられない。全てが自分の敵だ。そうやって腐っていくうちに助けを求めることも出来なくなり、周りの全てを拒絶していった。
けれども世界はそんな事実に目もくれず、淡々と日常は続いていく。
そしていつしか思うんだ。「この現実を全てぶっ壊してくれる何かの到来」を。
《悪鬼王よ 俺に祝福を与えたまえ》
《マグマの洗礼 炎の割礼 熱の羽衣》
《今宵 火山の底から
《誰にも止められない 俺こそが死せる炎》
それが俺にとってのロックだった。
身体を芯まで焼き焦がすような洗礼はそれまで決して味わえなかった。そして俺はギターを持った。曲を作った。バンドを組んだ。ライブをやりまくった。そうなったら誰も俺を止めることは出来ない。
《愚かなる羊どもよ 我が足元に跪け》
《審判の時が訪れた 今こそ悔い改めろ》
さあ、この音楽をよく聴けよ。俺達の目の前で。
その時が来たんだ、覚悟しておけよ?
弦が断ち切られるんじゃないかと言う程の力で高速のオクターブ奏法を弾き続けるレオナは、一瞬だけクールダウンしたかと思いきや、そこから渾身のグロウルでサビを歌い上げた。
《炎よ 月夜に美しく舞い上がれ》
《炎の巨人は大地を踏み荒らし 空を焼き尽くす》
《人を、貴様らを 一人残らず撃ち抜くだろう》
ブレイクダウンして、またしても叫ぶ。
《それが俺のマグマの弾丸》
心臓が撃ち抜かれて破裂したかのような轟音が、フロアに響き渡った。それでもTHE FASCINATEの暴虐は止まらない。
2番に突入すると今度は少しアレンジを変えて緩急をつけたり、シゲがブラスト奏法を繰り出したりでオーディエンスを驚かせた。
そしてギターソロ。先ほどまでの暴力的なサウンドが嘘のようにメロディアスで滑らかなソロが奏でられる。3ピース、それもメタルやハードコアでギターソロをやるとなるとバッキングが不在でスカスカになる弊害があるが、分厚いベースとドラムのフレージングがそれを補っている。
やがて楽曲はクライマックスを迎え、そこから死体を何度もナイフで突き刺すかのようにギターを刻み続けながらこの世の終焉に響く断末魔のようにレオナは叫び続けた。何度も、何度も、何度も。
《
《
《
《
そして、世界は崩壊し、静寂が訪れた。
我に返って、フロア全体を見渡した。その多くが呆気に取られていたが、少しの間を置いて誰かが「うおおおおおおおお!」と叫び、つられてあちこちから歓声と口笛が鳴り、拍手も演奏前より格段に大きなものになった。
マナミが腕を振り上げて「サイコーーーー!!」と叫んでいるのが聞こえる。隣のアユミも少し憔悴したような表情ながら目いっぱいの拍手をしていた。
桜子はビールのコップを掲げながら「イエーイ!」と歓声を上げている。
―――――届いた。
満場一致、万雷の拍手とまではいかないだろう。
それでも、まだまだほんのわずかでも、確かに数人には届いた。
マグマの弾丸は、ここにいる人達の心臓を撃ち抜くことが出来たんだ。
既に汗まみれながら、今までにない清涼感と心地よさを感じていたレオナが言葉を失っていると、それを察したルカが代わってMCをし出した。
「みんなありがとう!『Bullet of magma』でした。でもまだまだ行けるよな?行ける?じゃあ次の曲行くぜ!!『Fictional Dictator』!!!」
それからはあっという間だった。途中で挟んだカバー1曲(ブラック・サバスのIRON MAN)を含め、出番の40分をめいっぱい使って全6曲をやり切った。
最後の一曲が終わってフロアが歓声と口笛が飛び交う中、レオナは「もう終わってしまったのか?」と驚かずにいられなかった。
ルカはそんな彼を不敵に笑って一瞥しながら別れのMCに入った。
「みんな今日はありがとう、THE FASCINATEでした!こんなに沢山の人達に受け入れてもらえるなんて感激です!そして今回のために駆け付けてくれて沢山手助けしてくれた最強の助っ人、夜のシジマのシゲさんにも大きな拍手を!!」
スポットライトがドラムセットを照らし、シゲがスティックを掲げるとフロア全体から万雷の拍手と歓声が上がった。やはり夜のシジマの影響力と人気は凄まじい、とレオナは改めて感じた。
その後、混沌に揺れた会場をキズナターミナルが自分達のカラーにビシッと染め直していった。途中MCでTHE FASCINATEにもちょっとだけ触れて評価していたような気もするが、正直レオナは燃え尽きてボーっとしていたため覚えていない。
ルカはその間、フロアの後ろから腕を組んで彼らの演奏を熱心に観察していた。その姿はバンドマンと言うよりレコード会社のスカウトマンにも見えなくもない。
そうしている内にイベントはジャミング・ジャムの美しく壮大な演奏とステージングで幕を閉じた。
終演してもなお興奮冷めやらぬ状態のフロアでは、演者が観客を交えてしばしの談笑に興じている。ファンが憧れのバンドに一生懸命ライブの感想を伝えたり、ミュージシャン同士が互いを労い合ったり、機材の撤収とギャラの清算を済ませたりと時間の過ごし方は様々だ。
「…終わっちまったなー…」
そんな中レオナは未だ放心状態でフロアに立ち尽くしていた。ルカとシゲはファンになったという人達へのサービスや共演者への挨拶に勤しんでいる。
「フロントマンがなにボーっとしてんのさ、レオっち!」
額に汗を滴らせたマナミがおもむろに背中を叩いてきた。隣にはアユミも一緒だ。
「えっと、あの…何て言ったらいいのか…」
アユミはもじもじしたまま言葉を紡げないでいた。お目当てのミュージシャンとあった時は誰でもこうなる。レオナは自分の少年時代を思い出して微笑ましくなった。
「今日のライブ…最高でした!私はメタルとかあんまり分かんないし、ちょっと怖かったけど…他のどのバンドよりも一番カッコよかったと思います!それに…またレオナさんの演奏が聞けて安心しました。辞めないでくれて、ここにいてくれて…ありがとうございます!」
アユミは深々とお辞儀をした。
レオナは目の前の少女の言葉に胸が込み上げる思いだった。腐ったままでいなくてよかった、やり続けてよかったと心から痛感している。
「ありがとうはこっちのセリフだ、アユミちゃん。俺の方こそ、見ていてくれたことに感謝しているぜ。君の言葉一つだけでもこ大成功だった。俺達の音楽を、受け取ってくれてありがとう」
「おうおう、ファンサービス旺盛だねえ。流石!」
マナミがはやし立てるが、レオナ自身はリップサービスのつもりは一切なかった。音楽を奏でる者と聴く者、対等な一人の人間に対する本気の感謝だ。
その後レオナはマリや桜子、ウンディーネのスタッフ等にも声をかけられて困惑しながらも一人一人丁寧に感謝の意を述べたり、戻ってきたルカやシゲに「モテモテじゃーん!」と囃し立てられてムキになったりとようやくこの場の輪に溶け込むことができたのだった。
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