第7話 東の森3

 上空へと舞い上がったラインズから下界を見下げる。改めて屋敷を上から見ると、その広大さがわかる。正面には長く伸びる庭園と巨大な噴水があり、本棟の左右に別棟が4つ。本棟の裏手にはサロンがあった中庭がある。そこを抜けると使用人たちの宿舎である。ラインズは宿舎の上を走り抜けて、石畳の街道をゆく。やがて三差路に差し掛かったところで、上空に滞留したまま、主人であるマリウスを振り返った。

「どうした?」

 ラインズは今までに聞いたことのない鳴き声を上げる。マリウスは首を傾げながら、「いつもの森だ。分かるだろう?」と声をかけた。

 しばらく嫌がっていたが、観念したように右へと進路を進めた。三差路の左に行けば街に繋がっている。その街はキャロル家の領地ではなく、鉄鋼業が盛んなので遊び場も少ない。あまり立ち寄ることがない街だった。

 森の影が遠くへ見え始める。いつもと同じように見えるが、何となく、嫌な予感がした。

 《東の森》の中程まで来ると、ラインズは下降を始める。少し拓けた場所に降りた。

「しばらく待っててもらえるかな。長距離索敵は神経を使う上に時間がかかるんだ」

「わかったわ。その間にテイムに必要なものを採ってくる」

 事前に集められるものは持ってきていた。あとはルーンの実のみだ。これはもいでから時間の経っていないものを使わなければならない。別名クリヴァルとも言う。血みどろの槍という意味だ。実は血のように赤く、矢尻のような形をしている。尖った部分は毒があるので触れると全身が麻痺する。

 ロイが先行して草むらに分け入る。シダに似た背の高い植物をかき分けていく。この周辺は湿気が強く、葉に触れると露が肌を伝った。

 《東の森》は特殊な場所である。浅い場所は広葉樹が伸び伸びと生えているが、奥に行くほど湿度が高まり、植物も異様にねじれていたり色味が毒々しいものになっていく。そのため、街の人々はそこまで入り込まない。まとわりつく湿気が人間のいるところではないと告げているのだ。

 呪われた土地と人々は噂する。

 アリスたちがいる森の中間地点にはルーンの実がよく生えている。赤い果実を見つけたアリスとロイは手早く何個か包むと、マリウスの元へ取って返した。

 ラインズの上に座りながら、マリウスは魔方陣を展開している。薄く黄色に発光するそれは何度見ても見慣れない。魔方陣はより高度なものとなると色が変化する。簡単なものはヴェール、順にルージュ黄色ジョーヌブランヴァイオレットとなる。ヴァイオレットに関しては禁術のため、使用すれば死罪だ。アリスが使えるのはルージュまで。ジョーヌが難なく使えるようになれば、リュミエール学園へも入学しやすくなってくるだろう。

「近くにシエルシアンはいないね。西の方に反応がある。遠いけれど、ラインズならひとっ飛びだ」

「降りる場所はあるかしら」

 木々が蜜になっているところにラインズは降りることができない。ヘリコプターみたいね、とアリスは密かに思った。

「大丈夫だよ。そのときは魔術で木を焼くから」

「燃え広がったら一大事です」

「湿度は高いし、延焼防止のために同時に別の魔法陣を描くよ」

 同時に二つの魔法陣を扱うのは、より高度な技術だ。そんなことまでできるのかと感服する。

 マリウスの魔術の腕はアリスより数段上だ。今度苦手なところを教えてもらおうと思ったが、見透かされたのかロイが眉間に皺を寄せたので何も言わなかった。わざわざ相性の悪いマリウスに習わずとも家庭教師がいるでしょうと言いたいのだろう。

 再びラインズに乗り、目的地に向かう。鬱然とした景色を眺めていると後ろから肩を叩かれた。ロイが小さな丸薬を渡してくる。

「なあに、これ?」

「乗り物酔いに効きます」

「乗り物……まあ、乗り物と言えば、そうね」

 呑み込むと鼻から焦げ臭いようなにおいが通り抜ける。せっかく用意してもらったものだ。おいしくないとは言えない。

 一瞬、体を痺れるような感覚が襲ったが、すぐに治まったので気のせいだと思うことにした。

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