第6話 東の森2

「困ります、チェシーレ様。応接室でお待ち下さい」

 ロイが間に立つと、そのままマリウスを屋敷内へと連れて行ってしまう。

「アリス様、今日はマリウス様と逢瀬の日で?」

 キラキラとした視線を向けてくる友人たちに、違うわよと手を振ってミラージュを切断する。

 まさかマリウスがこんなに早く来るとは思わずに焦ってしまった。これ以上お待たせしないようにと大急ぎで身支度を整える。

 ラインズに乗るのであればドレスはまずあり得ない。正面からの風に舞い上がって前も見えなくなってしまう。

 タイトなスラックスを履き、ブーツは足首までのものを選んだ。シンプルなパフスリーブニットを着て、一度鏡の前で一回転した。鏡の中では背景に花々が舞う。イミテーションラパンが悪戯しているのだ。

 貴族の令嬢たる者、一人で身支度してはいけませんと、どこからともなく現れた年老いた乳母が小言を言う。

「ごめんなさい。でも急いでるの」

 乳母は足腰が弱っているので早く移動できない。目も悪いので、手に取ったメモを老眼鏡で四苦八苦しながら読み上げた。

「えぇーと、本日のご予定はマリウス様と《東の森》へ向かわれるとのことでよろしいでしょうか?」

「そうよ。ラインズに乗せてもらうの。ロイも一緒よ」

「他に、この乳母に言ってないことはございませんね?」

「……ないわ」

「左様でございますか。ラインズは荒々しい獣と聞いております。どうぞお気をつけて」

 乳母はそう言って頭を下げる。見透かされているような気がして落ち着かない。早々に屋敷を抜け出た。

 外ではマリウスとロイが支度を整えて待っていた。どちらも軽装だ。

「応接室で待っていたのではなかったの?」

「お嬢様が外へ出るのが見えましたので」

「アリス嬢、ラインズが撫でてほしそうだ」

 見ると、ラインズは巨躯を横たえてアリスをじっと見つめている。隣にしゃがみ込んで撫で始めると、クルルルルという甘えた声で鳴く。

 ラインズは蛇尾の部分を合わせると体長5メートルはある。アリス達を乗せるには充分な大きさだ。

 ひとしきり撫で回すと、三人は鞍へと跨った。

「跳べ」

 マリウスの短い一言で、魔獣は高く空へと跳んだ。

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