第5話 東の森1
《東の森》へと向かう当日、空は晴天でアリスの機嫌は頗る良かった。
アリスは空が好きだ。晴れた日も雨の日も嵐でも雪でも、暇さえあれば空を見上げていた。中でも太陽が顔を出していると、屋敷の中で勉強していてもうずうずしてしまって家庭教師にはよく怒られている。
今日は家庭教師の訪問はなく、午前中はテラスで庭園の花を見ながらミラージュで友人たちと会話を楽しんだ。誰の家の花が一番美しいかという話からやがては恋の話に移る。友人たちの多くは既に婚約者が決められている。アリスはまだ誰とも婚約はしていないが、いずれは相手を決めなければならないだろう。
キャロル家には男児がいない。跡取りはアリス一人だ。そのため、どこかの貴族の三男あたりを婿に迎えようという話は度々持ち上がっていた。実際候補は何人か挙がったのだが、アリスの暴虐無人な噂を聞いて大抵はやんわりとお断りをされていた。
「アリス様、アリス様。わたし良いこと思いつきましたわ!」
一人の令嬢が嬉しそうに手を打つ。
「マリウス様はいかがかしら。あの方は次男ですし、アリス様とも仲が良いでしょう? きっと素敵な夫婦になれますわ」
「眉目秀麗、お家柄もしっかりしてますし、お似合いよ」
色とりどりな蝶々のように可憐な彼女たちがキャッキャとはしゃぐ様は可愛らしい。少女時代を思い出してつい顔が綻んでしまう。
でもマリウスはアリスとの結婚を決して望まないだろう。
「アリス嬢の笑ったお顔、初めて見たけれどとっても素敵だわ」
「きっとマリウス様とのご結婚を想像したのね」
「まあ!」
頬を染めて口々に彼女たちは想像で盛り上がる。
もう結婚は懲り懲りだわとは口にしない。結婚は現実だ。御伽噺ではないのだ。そう思ったが、夢見る彼女たちをわざわざ覚めさせる必要もない。
「そうなったら良いわね」
本心ではない言葉を口にすると、側に控えていたロイの眉が釣り上がる。冗談よ、と小声で言って、ティーカップを手に取った。
「そうなったら良い、とはどういう意味かな?」
「ひゃっ」
突然背後からの声に驚いて飛び上がる。紅茶がカップから飛び出て宙で弾ける。
「マリウス様!」
「やあ。少し早いけど待ちきれなくてね」
キャア!とミラージュ越しの令嬢たちが黄色い声を上げる。
マリウスは片手を上げてアリスと令嬢たちに挨拶した。
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