―87― 予兆

 ミレイアは見ていた。

 閃光がほとばしり、爆音が鳴り響いたと思った瞬間、偽神ヌースの頭部が消え失せたことを。

 そして、その原因を作った者がアベルであることもすぐに察した。


「う、そ……」


 それでも、にわかには信じられなかった。

 偽神ヌースがたった一人の少年によって、打ち倒されたことが。

 偽神ヌース。

 八体存在する偽神の中で偽神ヌースは最も凶悪な偽神として知られている。

 以前出現したのは記録によると六十年前。

 そのときも、目の前のときと同様に巨大なドラゴンの姿を以って、町の中に顕現した。

 偽神ヌースはその巨体を用いて、最悪の被害をもたらした。

 もちろん数多くの魔術師が応戦したが、偽神ヌースは硬い外殻に守られているため、傷一つ付けることすらできなかったと言われている。

 ゆえに、偽神ヌースは赴くままに暴れたのだ。

 唯一、幸いだったのが、偽神ヌースには活動できる時間が限られているらしいということだった。

 活動が可能な時間はおよそ1574時間。日数で換算して、およそ66日。

 その時間を過ぎれば、偽神ヌースは活動を停止して、崩壊していく。

 だが、66日間もあれば、甚大な被害を出すのは偽神ヌースにとっては容易なこと。

 前回、偽神ヌースが現れたとき発生した死者は六百万人を超え、一つの国と二十の町がなくなったとされる。

 百万人以上の魔術師が偽神ヌースを退治するために駆り出されたが、そのほとんどの魔術師が戦死したと言われている。


 そう、それだけの被害をもたらす災厄をアベルがたった一撃で粉砕したのだ。

 まさか、これほどとは……。


 アベルが魔力ゼロにも関わらず、並の魔術師よりも優れていることはなんとなく把握していた。

 だが、流石にこれは規格外だ。

 優れているといっても、アベルより優れている魔術師なんて探せばいるだろうと思っていた。

 でも、その考えを改めさせられた。

 アベルより優れている魔術師はこの世にはいない、と今のミレイアなら断言できる。


「世界が変わるかもしれない……」


 ぽつり、とミレイアは呟く。

 アベルは異端認定を受け、処刑されそうになっていた。

 だが、アベルが偽神を一撃で葬ったところを多くの人々が見ていたはずだ。

 英雄視されるのは絶対。

 だから、アベルを処刑するなんてできるはずがなくなる。

 それだけじゃない、アベルの原初シリーズを否定した魔術が偽神に有効打を与えることができることがこうして証明されたのだ。

 この事件を契機に、アベルの魔術は世間に認められるようになっていくのかもしれない。

 もしかすると、魔術に革命が起こる日も近いのかもしれない。


「あっ」


 気がつけば、空中に浮遊していたアベルが地上へと落下しようとしていた。

 助けにいかないといけない。

 ここからなら、アベルの元に早くたどりつけるはず。

 誰よりも早くアベルのところに行こうとミレイアは思った。


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