―86― 刹那

「はっ」


 目を覚ます。

 俺は、どのくらいの時間気絶していた? そんなことを思いながら、周囲を見回す。


「アベルくん!」


 見ると、頭上によく知る顔があった。

 どうやら俺はミレイアに膝枕した状態で、ソファに寝かされていたらしい。


「ミレイア、外の状況はどうなっている!?」

「え、えっと、偽神ヌースが侵攻してきていて、恐らくここも近いうちに襲撃されるかと」

「学院長のゴーレムは?」

「ゴーレムです? あぁ、そういえば、偽神ヌースによって吹き飛ばされた物体があったような……」


 どうやら、学院のゴーレムでは偽神ヌースを倒すに至らなかったらしい。


「俺はどのぐらい気絶していた?」

「えっと、恐らく五分も経っていないと思いますよ」


 五分か。

 けっこう、長いこと寝ていたようだな。今すぐにも、偽神ヌースを倒しにいかないとな。

 今いるところは、クラス対抗試合を行った会場の控え室だろう。早く、ここから出よう。


「ちょ、アベル君どこに行くんですか!?」

「今から、偽神ヌースを倒しに行く。ミレイアはできるかぎり遠くに避難していろ」

「その怪我では無茶ですよ!?」


 確かに、俺の体はボロボロだ。

 けれど、この体を引きずってでもやらなくてはいけない。


「ちょ、本当に行くつもり?」


 見ると、入口をふさぐようにアウニャが立っていた。


「なんだ、お前もいたのか……?」


 てっきりミレイアだけがいるんだと思っていた。


「す、少し心配だから、ミレイアと一緒にあんたの様子を伺っていたのよ。それで、怪我しているんだから大人しくしてなさいよ」

「悪いが、そこをどいてくれ」


 そう言っても、アウニャはどくつもりがないのか動かない。


「アウニャちゃん、どいてあげてください」


 そう言ったのは、ミレイアだった。


「いいの?」

「アベルくんはできないことは言いませんから」

「わかったわよ」


 渋々といった様子で、アウニャが入口から離れる。


「助かる」


 俺はそう告げて、部屋から出て行った。


「……いかせないっ」


 見ると、今度はシエナが俺の前に立ち塞がっていた。

 そのシエナもさっきまで傷が癒えたわけではなく、俺と同じように全身ボロボロだ。


「随分としつこいんだな」

「あなたをここから先にいかせるわけにはいかない。あなたの力を認めると、この世界の存在意義がなくなってしまう」


 ふむ、少し興味深い話だな。

 もっと詳しく話を聞かせてもらいたいが、今はそんなことをしてる場合はない。


「〈魂を魔力に変換コンヴァシオン〉からの〈隷属化エスクレイボ〉」


 とはいえ、後で詳しく聞かせてもらおうと思い、アントローポスにやってことと同じことをシエナに対して行った。

 まず、魔力を補給するため、シエナの魂の一部を魔力として供給させてもらう。その魔力を用いて、〈隷属化エスクレイボ〉を使った。

 隷属させるには、相手がすでに満身創痍でないといけないが、その条件は十分に満たしている。


「もう寝ていろ」


 そう呟いた瞬間、シエナが倒れていった。


 外にでると、ドラゴンの姿をもって顕現した偽神ヌースは家を踏み荒らし、口から炎を出しては全てを焼き払っている。

 すでに、多くの住人が死んだに違いない。

 魔術師たちが応戦しているようだが、一向にダメージを与えている気配はない。

 妹がどこにいるかだけが気がかりだが、まぁ、やるべきことは単純だ。

 一刻も早く、この手で偽神ヌースを倒す。


「〈重力操作グラビティ〉」


 まず、俺は重力を操って高く浮上した。

 ドラゴンとして顕現した偽神のヌースはあまりにも巨大だ。雲の高さまで上昇して、やっと目線が同じになる。

 さて、まだ理論上でしか実用に至っていない魔術を披露しようか。


 その上で、〈磁力操作マグネティカ〉でいくつもの鉄を手元に集めていく。

 そして、集めた鉄を〈熱操作カロー〉によって、溶かす。具体的には鉄を構成する原子を振動させることで、温度を急激に上げるわけだ。


 パキッ、と魔石が割れる。

 鉄を溶かすのに必要な熱エネルギーが膨大すぎて、魔石に含まれる魔力量が一瞬でなくなってしまったのだろう。

 手持ちには、もう魔石はない。

 アントローポスの魂を魔力変換することによる魔力供給は、すでにシエナを倒すのに使ってしまった。

 同じことをすれば、アントローポスの魂は消滅してしまう。

 だから、この手は使えない。

 ならば、俺自身の魂を使う。


「〈魂を魔力に変換コンヴァシオン〉」


 瞬間、「ゴボッ」と口から吐血する。

 だが、この程度で躊躇する必要はない。

 溶けた鉄を圧縮と回転を用いて、巨大な砲弾に作り変える。

 その次は二本の電流を偽神ヌースと俺を直線上に結ぶようにして流す。

 よし、これで問題はないはず。


 手に入れた論文『電気と磁気に関する論文』に理論だけは書かれていたが、実現されなかったことを俺は今からやろうとしている。

 その理論があっていれば、問題なく成功するはず。

 名前は確か――


「〈電磁加速砲レールガン〉」


 口にしたと同時、砲弾が手元から偽神ヌースめがけて射出された。

 発射された砲弾のスピードは音速を超えていた。

 そのため、鼓膜が破れるような爆音が鳴り響く。

 そして、あらゆる魔術師たちの魔術ですら攻撃を与えられなかった偽神ヌースの甲殻をあっさりと貫通する。

 ドラゴンを模した偽神ヌースは頭部を失い、そのまま動きを停止する。


「終わったか……」


 なんとか一撃で屠ることができてよかったと安堵する。

 だが、同時に、全身に疲労が襲いかかってきた。

 恐らく、〈魂を魔力に変換コンヴァシオン〉で魂を消費したせいだろう。


「あっ」


 ふと、思ったときには体が地面に落下しようとしていた。

重力操作グラビティ〉の効果が切れてしまったのだ。

 だが、それに抵抗する手段はなく、俺はそのまま落下に身を任せた。


 そして、意識が暗転した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る