―83― 偽神ヌース

 突如として現れた偽神ヌースの存在。

 その存在に俺は焦っていた。

 思い出すのは7歳のとき、偽神ゾーエーが現れたとき。あのとき、ゾーエーのせいで妹が呪いをかけられてしまった。

 そう、あのときも、今日のようにあまりにも唐突に偽神が現れた。

 早く、妹のところに行かないと。


「おい、なんのつもりだ?」


 だからか、俺は非常に苛立った口調で、シエナに対してそう尋ねていた。

 こいつの創った霊域のせいで、俺は今閉じ込められている。

 早く、この霊域から抜け出さないと。


「あなたをここから出すわけにいかない」


 ふと、シエナは淡々とした口調でそう口にした。


「……いいのか? 天使がこんなところで油を売って。外で偽神が暴れようとしているんだ。それを倒さなくていいのか?」


 よく、わからんが、天使というのは人間のために働くものだろう。ならば、人間にあだなそうとする偽神をほうっておくのはおかしいと思うが。


「そういう命令は受けていない」

「じゃ、どういう命令を受けているんだ?」

「あなたの排除」

「そうか」


 話し合いは無駄らしい。

 ならば、すぐにでもこいつを叩きのめして霊域の外に出よう。

 意思を固めれば、やることは単純だ。


「〈雷撃ライヨ〉」


雷撃ライヨ〉の多重詠唱。

 幾重にも張り巡らせた雷撃がシエナを襲う。

 いくら早く移動できるシエナでもこれだけ広範囲に張り巡らせた雷撃の網をかいくぐって至近距離に迫ることは不可能だろう。

 と、そのとき、地面がなくなった。

 また、さっきみたいに地面の高さを変えたんだろう。

 といっても、さっき見た事象のため、そこまで驚きはしない。


「〈重力操作グラビティ〉」


 と、重力を操作して、空中にとどまる。

 シエナはというと、雷撃の網に苦戦しているようで、今すぐ迫ってくる気配はなかった。

 なら、その隙に攻撃をするまで。


「〈霊域解放――混沌の境域カオス・アーレア〉」


 霊域までゲートを開き、中からアントローポスの首根っこを掴んで取り出す。


「おい、なにをする!」


 文句を言うアントローポスを無視して、呪文詠唱。


「〈魂を魔力に変換コンヴァシオン〉」


 アントローポスの魂を魔力に変換する。やりすぎたら、アントローポスの魂が消滅するが、恐らくまだ大丈夫。

 これで膨大な量の魔力を入手することができた。

 それらを全て、目の前のシエナを潰すために使う。


「〈雷神の咆哮ゼウス・ルギド〉」


 瞬間、高出力に圧縮された雷の束がシエナめがけてほとばしる。

 この攻撃を受けたら、塵一つすら残らないだろうという確信をもって放った一撃。

 とはいえ、シエナは原型を保っていた。


「……死ぬかと思った」


 そう呟いたシエナは苦悶の表情を浮かべている。

 雷を浴びたシエナは全身ボロボロだが、それでも戦う意思はあるようで、俺を眼で捉えている。


 くそっ、参ったな。

 これから、偽神ヌースと戦うことを考えたら、これ以上〈魂を魔力に変換コンヴァシオン〉を使わず温存したい。

 だから、さっきの一撃で決めきれなかったのは非常に手痛いな。


「〈天使の剣エンジェル・エスペイダ〉」


 そう言って、彼女は手元から光の剣を作り出す。


「〈鉄の大群プランチャー・コラ〉」


 そう言って、俺は鉄製品を操り、対抗する。

 それはひたすら魔術を用いての殴り合いだった。

 そこには作戦なんて大層なものはない。

 ただ、相手が倒れるのを願って、ひたすら魔術を行使する。

 だが、シエナは一向に倒れる気配がなく、俺にしがみついてくる。俺も、限界が近く、それでも根気でなんとかシエナを圧倒としようとしていた。

 その結果生まれたのが、殴って殴られをひたすら繰り返すだけの泥仕合だった。

 何度も何度も魔術で殴られ、何度も何度も魔術を使って殴り返す。

 段々意識が朦朧としていくが、唇を噛んでなんとか意識を保つ。

 全身の痛覚が麻痺し、視界がぼやけていく。まだ立っていられるのが不思議なぐらいだ。


 だから、ビキビキビキッッッ!! と、霊域が砕けた瞬間、そのことに咄嗟に気がつくことができなかった。

 見ると、眼前には全身ズタボロな状態でうつ伏せに倒れているシエナの姿が。

 それでも、意識はまだあるようで、殺気がこもった瞳をこちらに向けては立ち上がろうとしている。


「勝負は、あったみたいだな……」


 そう口にするだけでも苦労するほど、さっきから呼吸が荒い。もう限界だ。

 ただ、シエナは霊域を維持できないほど、消耗しているということだから、俺よりも限界に近いはず。

 ならば、まだ余力がわずかに残っている俺の勝ちだ。


「いかせない……っ」


 なおも諦めていない様子で、シエナはそう言うが、正直なにも怖くない。


「悪いな。お前はそこで大人しくみていろ」


 そう言って、俺はシエナの横を素通りする。

 眼前の先には、ここからでもはっきりと見える巨大な赤きドラゴン。

 その正体は偽神ヌース。

 すでに、偽神ヌースの町の破壊を始めており、時間が経てば経つほど被害が倍増していく。

 一刻も早くとめないと。


「悪いが、君はここで終わりだ」

「――ッ!?」


 目を見開く。

 そこにいたのは、学院長だった。

 天使シエナを召喚した、まさに張本人だ。


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