―70― 異端審問

「学院に異端審問をするための施設は存在しません」


 会長に連れられながら歩いている最中、ふと、そんなことを口にした。


「だから会議室にて行おうと思っています」

「そうなんですか」

「実際、学院の生徒が異端と疑われる事例が初めてのようですしね」


 まぁ、そうだよな。

 昨今、異端審問自体、行われることが珍しいらしいし。一昔前は、しょっちゅうやっていたらしいが。

 それで、冤罪なのに死罪になったなんて例も山程ある。現在では、流石に、そこまで極端な事例はなくなっているが。


「アベルくん!」


 振り向くと、こっちに走ってきているミレイアがいた。


「あのっ、アベルくんが異端審問を受けるって聞いて、それで心配で探していたんですけど!」

「別にミレイアが不安がる必要はないぞ。俺なら、問題はないからな」


 ミレイアを安心させようと俺はそう言う。

 本来なら、ミレイアこそが異端認定されておかしくない存在だった。だから、責任を感じているのだろう。


「アベルくん、大丈夫だって信じていますからね」

「あぁ、ありがとう」


 会話を終えると、会長がこの部屋に入ってくれ、と手招きをする。

 中に入ると、生徒会の面々と先生方がすでに着席していた。

 知っている顔は副会長と一度直接戦った一年のバブロ。それと、担任の先生ぐらいか。


「随分遅かったな」


 先生の一人がそう口にする。


「少し、トラブルがありまして」


 僕はそう言いながら、自分に用意されたであろう席に座った。


「それじぁ、今から異端審問を始めましょうか」


 会長の号令により、異端審問が始まった。



 そもそも異端者というのはなにか?

 それは、偽神に唆されて人外へと変貌した姿、と説明するのが最も明瞭だ。

 ただ、それはわかりやすい事例ってだけで、偽神に取り憑かれて、すぐ人外になるとは限らない。

 一定の期間は人間のまま潜伏し、あるときを境に人外となって暴れるという事例が多数存在する。

 実際、ミレイアがそうだったように。

 だから、異端審問とは人間の状態のときに偽神に取り憑かれている人を探しては排除しようという取り組みなわけだ。


「アベル・ギルバートには、異端者の疑いがあります。まず、ご本人に異端か否か伺いましょう。アベルくん、あなたは異端ですか?」

「もちろん違います」


 会長の問いかけに俺は当然とばかりに否定した。


「それじぁ、今からアベルくんが異端である証拠を提出していただきましょう。その後に、アベルくんから説明を受けましょう」


 そう会長が言うと、一人の男が立ち上がった。

 恐らく、この学院の先生だろう。


「彼には魔力ゼロの疑いがあります。もし、魔力がゼロで魔術を使っていたということが証明されれば、彼が異端である可能性が高くなるかと」


 まぁ、そうなるよな。

 実際、異端者は魔力がない非魔術師でもなれる上、魔術らしき異能の力を使うようだからな。

 だから、俺の魔力がゼロか否かが争点になることはわかりきっていた。


「そうですね。では、アベルくんに問います。あなたの魔力がゼロというのは本当ですか?」


 さて、この問いにどう答えるべきか。数秒悩んでから、俺はこう答えることにした。


「魔力がゼロなのは本当です。なんだったら、魔道具を使ってここで証明してもいいですよ」


 受験のとき、魔道具で魔力測定された覚えがある。それを使えば、証明できるだろう。

 そして、魔道具があれば証明される以上、魔力があると嘘をついてもバレてしまう可能性が高い。

 もし、嘘をついたということになったら印象が悪くなるからな。だから、正直に告白した。


「おい、本当に魔力がゼロなのか……」

「やはり、彼は異端ではないのか?」


 魔力ゼロと言った途端、部屋にいる面々がざわつき出す。まぁ、驚くのも無理ないか。


「本当に魔力がゼロか、試させろ」


 誰かがそう命令する。

 すると、俺の元に魔力を測定するための魔道具が置かれた。

 なので、それに手をかざす、やはり魔力がゼロと表示される。


「じぁ、なぜ魔力がゼロの君が魔術を行使できるんだ!」


 そう質問が飛んでくる。

 まぁ、当然の疑問ではなるな。


「答えは俺が昔、発表した論文に書いています。タイトルは『魔力がゼロでも魔術を使える可能性とそのリスク』だったかな。それを読めば、俺が魔術を使える理屈がわかると思いますけどね」

「その論文はどこにあるんだ?」


 えっと、出版社に送ったきり、どうなったかわからないんだよな。父さんは破り捨てられたと言っていたが。


「論文は探せば見つかると思いますが、簡単に説明すると、非魔術師と魔術師の違いは魔力があるかないかだけです。だが、魔力の根源は魂である以上、魔力の消費量を極端に抑えることさえできれば、魔力がなくても魔術を使えるってわけなんです。とはいえ、実際に魂を削って魔術を行使すれば、体に異変が起こるから、普段は魔石に含まれている魔力で魔術を行使していますけど」

「魔石に含まれている魔力量なんて、ほんの僅かしかないぞ」

「理屈はわかるが、肝心の魔力の消費量をどうやって抑えるんだ?」


 まぁ、そう聞かれるよな。

 俺の魔術は原初シリーズを否定し、科学ベースの魔術構築を行うことで、魔力の消費量を抑えることに成功している。

 だが、それを説明してしまうと異端認定されかねない。

 彼らにとって原初シリーズは絶対。

 原初シリーズの否定すなわち異端だと受け止められる。


「具体的な方法については教えられませんね。魔術師というのは自分にとって最も価値のある研究は晒さないものでしょう」


 だから、こういって誤魔化すしかない。


「だが、説明をしないというならば、このまま貴様は異端認定されるぞ」


 先生の一人がそう口にする。

 さて、困ったな。

 ここからどう切り抜けようか。


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