―69― 拘束

 俺は今まで〈氷の槍フィエロ・ランザ〉を好んで使っていた。

 というのも、氷は他の物質に比べて、少ない魔力で生成できて、かつ相手にダメージを与えやすいからだ。

 そして、〈雷撃ライヨ〉と〈磁力操作マグネティカ〉の2つ。

 その2つは〈氷の槍フィエロ・ランザ〉よりも、さらに少ない魔力量で発動することができる。

 恐らく、この2つに必要な電子が氷の原子より、単純な構造をしているからだろう。

 そんなわけで、体内に魔力がなく魔石に含まれている少ない魔力で補っている俺にとって、新しく覚えた2つの魔術は非常に使い勝手がよかった。


 だが、〈磁力操作マグネティカ〉を戦闘で有効利用するには、ある問題があった。

 大量の鉄がないと、磁力を操作してもあまり旨味がないという点だ。

 磁力で引きつけたり反発したりするのは鉄のみだ。まぁ、鉄以外の物質の磁力を操ることはできなくもないが、鉄に比べ必要な魔力が跳ね上がってしまう。

 だから、鉄の磁力を操るのが最も効率がいいわけだが、肝心の鉄をどうやって手に入れるかが問題だった。

 それを解決したのが、俺のある能力だった。


「〈霊域解放〉」


 霊域と現実を繋ぐ偽神アントローポス由来の能力。

 アントローポスは霊域の中を自在に操ることで、敵にダメージを負わせるなんて使い方をしていたが、俺はこの霊域のもっと便利な使い方に気がついてしまった。

 そう、余った人造人間ホムンクルスを霊域に片付けたことに気がついたわけだ。

 霊域って、物を収納するのに使えるんじゃね? と。


 だから、あの日、シエナと猫カフェに行った後、二人でゴミくず場に向かった。

 そこで俺は鉄製品を入手しては、霊域の中に収納したのだ。

 ちなみに、アントローポスは霊域をそんなふうに扱うな、と文句を言っていたが、それはありがたく無視させてもらった。

 だから、霊域の一部を解放すると中から雪崩のように鉄製のものが溢れ出てくる。

 剣に盾、鎧、ネジ、フライパン、ナイフ、錨などなど、鉄であればどんなものでも入れたので、その種類に際限はない。

 そして、それら全てを同時に操り、1つに束ねる。


「〈鉄の大群プランチャー・コラ〉」


 目の前の巨大な鉄の塊ができていた。まるで、鉄製の巨人の腕のような。


「ちょ、アベルお兄。魔術は使うなって――」


 妹の苦言を聞き流しながら、まず、妹を無力化することを心がける。

 鉄の塊を腕のように動かし、妹の体を拘束する。当然、妹は〈土巨人の拳ピューノ・ギガンテ〉で抵抗しようとするが、こっちのほうが圧倒的に体積が大きい。

 だから、たやすく拘束が可能だ。

  その上、プロセルをこちら側引き寄せてから体でキャッチする。


「プロセルー、お兄ちゃん最近お前と会えなくてけっこう寂しかったぞー」


 久々に抱きついて、妹の温もりを感じてみる。

 さっき妹に抱きかかえられたときは、会長から逃げているという状況もあって、ちゃんと触れ合うことができなかった。


「ちょ、アベルお兄、今、こういうことしている場合じゃないでしょ!」


 おっと、そうだった。

 つい、妹が目の前にいるから目的を忘れそうになっていた。


「会長、もう戦うつもりはないんで、でてきたらどうですか?」


 そう言うと、妹は「なに言ってんの?」という顔になる。妹からすれば、会長は目の前にいるんだから、出てくるもなにもないと思っているんだろう。

 だが、俺はすでに目の前にいる会長が幻覚だということに気がついている。


「気がついていたんですね~」


 その声と一緒に、木のかげから会長がひょっこりと姿を現す。

 それと同時に、妹と戦っていたほうの会長は蛾の大群へと姿を変えていた。

 その様子に、妹は「えっ」と声を張り上げていた。


「おおむね蛾に幻覚作用のある魔術構築がなされているとかですかね」

「まぁ、だいたいそんなところです」


 と、会長は曖昧に肯定する。


「それにしても、お二人はやっぱり兄妹だったじゃないですか~」


 そういえば、さっき妹が俺たちが兄妹であることを否定していたな。

 まぁ、これだけのやりとりを見せてしまえば、もう兄妹であることを否定しようがないか。


「俺たちは世界一仲が良い兄妹だな」

「アベルお兄、それ以上、馬鹿なことをいったら殺す」


 む、事実なのに、なんでこうも否定したがるのだ? 我が妹は。


「ホントお二人は仲がよろしいんですね~」


 だが、会長には俺たちのやり取りはそう見えたようだ。

 対して、妹は「そんなことないんだけど……」と小声で否定していたが。


「それで、会長が俺を異端審問するために呼んだってのは本当なんですか?」


 そろそろ本題に戻らなくてはと思い、俺はそう訪ねた。


「はい、本当です」


 会長は躊躇なく、俺の質問を肯定する。


「……アベルくんは、わたくしに失望しましたか?」

「質問の意図がわかりませんね」

「だって、異端認定を受けたら最悪死罪になるんですよ。そんな場所に、わたくしはあなたを連れて行こうとしたんですよ」


 確かに、そう説明されると失望するには十分な理由になりそうだ。だが、俺は会長にそこそこお世話になっているしな。

 だから、恨む気持ちがあるかというそうでもない。

 それに――


「いつかこういう日が来ることは覚悟していましたからね。まぁ、予想していたよりはずっと早いな、と感じていますが」


 昨日、〈雷神の咆哮ゼウス・ルギド〉を公の場で行使した時点で、こうなることは覚悟していた。

 だが、流石にその翌日に異端審問を受けることになるとは想像していなかったが。


「ちょ、アベルお兄。まさか異端審問を受けるつもりじゃないわよね!」

「その、まさかのつもりだが」

「異端認定を受けたら最悪死罪よ! そんなところにアベルお兄が行く必要なんてない!」

「プロセル、ありがとうな。お兄ちゃんのことを心配してくれて」

「心配するのは当然じゃない。兄妹なんだから……」


 妹は照れくさそうにそう口にする。


「だが、俺なら大丈夫だ」

「なんで、そう言い切れるのよ」

「別に、根拠はないが。ただ、恐らく問題はないだろうな」


 最悪異端認定されて死罪なんてことになったら、魔術を使って逃げればいいからな。

 今の俺なら、それが可能だ。


「アベルお兄がそういうなら、信じる」


 まだ納得しきれていないのか表情には不満が残ってはいたが、肯定はしてもらえた。

 だから俺は「ありがとう」と伝え、妹から離れて、会長の元による。


「すまん、待たせたな」

「本当に異端審問を受けるつもりなんですか?」

「あぁ、そのつもりだ」

「そうですか。それじゃあ、行きましょうか」


 そんなわけで、俺は会長に引き連れられて異端審問所に向かった。

 あぁ、ちなみに〈鉄の大群プランチャー・コラ〉で使った大量の鉄製品はすべて霊域にしまった。

「一体どういう魔術よ……」と妹に呆れられたが、それは内緒だ、と言って誤魔化すに至った。


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