―60― ホムンクルス

「生きているのか……」


 ふと、そう呟きながら、のっそりとベッドから起き上がる。

 つまんなそうにこっちを見ているアントローポスの姿が目に入った。

 アントローポスが気に食わなそうな表情をしているってことは俺は生きているってことでいいらしい。


「俺を騙したな」

「結果的に生き残ったんだから、問題ないだろ。事実、深淵を覗くことはできただろ」

「まぁ、その通りではあるが」


 事実、アントローポスの言う通り、俺はイデア界の深淵の一端を覗くことができた。

 その結果、俺は一つの魔術を手に入れることができた。

 早速、試してみようと魔石を手に取る。

 途端、頭の中に一つの魔術構築が流れてくる。あまりにも複雑。よく、これだけの魔術構築を理解できたな、と自分でも褒めたいぐらいだ。


「なぁ、魔力量は魔石に含まれている分で足りるのか?」


 ふと、心配になったので聞いてみる。

 これだけ複雑な魔術を発動させるのだ。魔力量が膨大になっても不思議ではない。


「魔力量の少なさは、複雑な魔術構築でカバーできる。恐らく、問題ないだろ」


 そうか、と頷き、俺は呪文を唱えた。


「〈生成――人造人間ホムンクルス〉」


 と。





 7つの難問。

 魔術界において、その言葉は非常に有名だ。

 かつて、賢者パラケルススにはできたとされ、その上、原初シリーズにもそのことが解説されているが、しかし、具体的な方法はなに1つわかっていない7つの魔術のことを指す。

 俺は、妹の呪いを解くため、あらゆる病を治す〈賢者の石〉の生成を成功させようと、長年研究してきた。

 この、〈賢者の石〉の生成こそが7つの難問の1つとされている。


 そして、7つの難問といわれるだけあって、他にも6つあるわけだが、その中にこういうのがある。

人造人間ホムンクルス〉の生成。

 かつて、賢者パラケルススは成功したとされるが、今では全く方法がわかっていない魔術。

 それがアントローポスの手を借りることで、たった今、目の前で行われた。


 気がつけば、アントローポスと瓜二つの裸の少女が目の前にいた。


「なんだ、これは?」

「自分で言っただろ。〈人造人間ホムンクルス〉とな」


人造人間ホムンクルス〉はガクッと、床に倒れようとする。それを俺は慌てて、受け止める。


「肉体のみを作って魂がない状態だからな。意識が芽生えることはない。今はただの人形だな」


 見ると、確かに〈人造人間ホムンクルス〉は目を開けることもなく、動こうとしなかった。


「魂をいれたらどうなる?」

「もちろん、目覚めるさ」

「なるほど」


 確かに、ただ肉体を造っただけでは意味がない。だが、魂を入れるといわれても、どんな魂を入れるべきか見当もつかない。

 魂を入れた結果、俺に反抗する可能性だってあるわけだし。


「なんだったら、我自身が入ってやろうか?」

「そんなこともできるのか?」

「あぁ、我の魂を分割して、もう一方の肉体に入るだけだしな。それに、他人の魂を入れようとした場合、拒絶反応が起きる可能性が大きいからな。我と同じ肉体をしているなら、我自身が入ったほうが確実だ」

「なら、やってみてくれ」


 正直、魂の分割とかよく理解ができないが、ここはアントローポスに任せたほうがいいのだろう。

 すると、アントローポスは頷き、目を閉じる。


「「ほら、これで、どちらも我になった」」


 さっきまで眠っていたアントローポスが急にしゃべり始めた。その上、元のアントローポスのほうも同じことを喋り始めたので、言葉が反響する。


「「おっと、2つ同時は制御が難しいな」」


 とか、言いながら、二人になったアントローポスはちぐはぐな動きを始める。


「よしっ、こんなもんだな」


 そう口にしたのは、俺が造りだしたほうのアントローポスだ。


「どっちもアントローポスってことでいいのか?」

「まぁ、そうだな。魂は分割したといっても根底では繋がっている」

「体は増えても意識は1つしかないからな」

「どちらかが死んでも、もう一方の体に魂が集約されるだけだ」


 と、二人になったアントローポスが交互に喋りだす。どっちに目線を合わせればいいのかわからないせいか、聞いているだけで疲れてくるな。


「なぁ、これ俺自身も増やすことできないのか?」


 もし、できたら便利だろうな、という理由で聞いてみる。


「訓練次第ではできると思うが、あまりおすすめはしないな」

「なぜだ?」

「我は偽神だからできるのであって、人間が同じことをやったら、精神が崩壊するわ」

「そういうものなのか。ちなみに、後何体までお前を増やすことができる?」

「ん? まぁ、やれるだけやってみるか?」

 

 そんなわけで、〈人造人間ホムンクルス〉の複製を始める。

人造人間ホムンクルス〉を造るのに、魔力はわずかに消費するだけで済むから、魔石に含まれている魔力しか使えない俺でも問題なく、次々と複製ができる。


「待て、流石にもう限界だ……」


 根をあげたのはアントローポスのほうだった。

 ちなみに、今は6体目のアントローポスを造ったところだ。部屋に裸のアントローポスが6人もいるこの光景って、冷静に考えると中々にして圧巻だな。

 せっかくなので、近くにアントローポスの胸を触ってみる。

 小さくても、意外と柔らかいんだな。


「おいっ、なにをする!?」


 あ、反応した。

 6体も増やしたせいか、ほとんどアントローポスは意識が朦朧としているが、触った瞬間、実際に触れたアントローポスが叫んだのだ。


「つい、目の前にあったからな。興味が湧いた」

「どんな理由があろうと、触っていいわけがなかろう」

「偽神だから寛容なのかと思ったが、意外とその辺は乙女なんだな」

「む……っ、そう言われると、なんか悔しくなってきたな。よしっ、好きに触ることを許そう。好きなんだろう? 我の裸が」


 とかいって、今度は両手を広げ、自分の胸を見せびらかす。


「流石に、貧相すぎる。もう少し、成長してくれないと興奮しようがない」

「さっきは勝手に触ってきたくせに、ホントわがままなやつだな」


 そうアントローポスは毒を吐いた。


 それから、裸のままは居心地が悪いから服を着たいという本人の希望により、全員分の服を用意して、着せることにした。

 それから増やしすぎた〈人造人間ホムンクルス〉をどうするか? って話になったが、それは〈霊域解放サンタリオン〉によって作った霊域にしまうことになった。

 次々と、〈人造人間ホムンクルス〉を霊域に放り込む姿に、随分と雑な扱いだ、と思わないこともないが、本人が気にしている様子がないので、別に構わないんだろう。

 にしても、霊域も貯蔵庫として考えたら非常に便利だな。今度、いろんな物を収納してみてもいいかもしれない。


「それにしても、なんだかんだ俺に協力してくれるんだな」


 全員、〈人造人間ホムンクルス〉を霊域にしまった後、本体であるアントローポスに対し、そんなことを聞いてみる。


「貴様に少し興味が湧いた。もしかすると、貴様なら、この世界を滅ぼすことができるかもしれないからな」


 ニタリ、と笑いながら彼女はそう口にした。

 まさか、世界を滅ぼすなんてそんなことを俺がするわけないだろ。


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