―55― 降霊術

 外にでると、ミレイアとアウニャが地面に魔力を用いて魔法陣を描いていた。

 魔法陣は呼び出す悪魔ごとに異なるため、対応する魔導書を読み込むことが大事だ。

 見た限り、魔法陣そのものに綻びは見当たらない。


「召喚と降霊どっちにするんだ?」


 悪魔に限らず霊体を呼び出す場合、召喚と降霊で大きく変わる。召喚は術士の外に呼び出し、降霊は術士の肉体の中に呼び出す。


「一応、降霊のつもりよ」


 召喚だと霊体を降ろす肉体を別に用意する必要があるため、降霊のほうが比較的魔力量が少なく済む。

 アスモダイぐらい強力な悪魔だと、召喚だと必要な魔力量が膨大になる。そう考えた場合、降霊のほうが現実的か。


「懸念点としては、肉体が乗っ取られる可能性だな」

「ていうか、ほぼ乗っ取られると思っていいと思うわ。それだけ、アスモダイは強力な悪魔よ」

「……大丈夫なのか?」

「そのために、あなたたちを呼んだんでしょ! もし、乗っ取られて暴れたりでもしたら、無力化してほしいわけ!」

「無理難題を平気で押し付けてくるな」

「別に、やりたくないっていうなら、やらなくてもいいわよ。ミレイアは私に協力してくれるよね?」

「私は、もちろん協力しますけど」


 アウニャの頼みをミレイアは応じるつもりらしい。

 まぁ、俺も蔵書で見つけた本がほしいから、協力を惜しむつもりはないんだが。


「なぁ、協力するからこの本もらってもいいか。ダメってなら、借りるだけでもいいが」

「なにこの本……古代語で書かれている本じゃない。あなた、古代語読めるの?」

「かじる程度には」

「ふーん、古代語読めるなんて珍しいわね。これ、魔導書ではないわね」


 アウニャはパラパラとめくって中身を確認する。古代語を読めなくても、魔導書か否かは判断がつく。


「いいわよ。これ、あげるわ。魔導書じゃないなら、恐らくそんな価値はないだろうし」


 と言いながら、アウニャは本を受け渡す。


「助かる」


 と、一見冷静な様子でお礼を言いつつも、内心ガッツポーズだったりする。

 小躍りしたいぐらいだ。


「それじゃあ、取引は成立ね」


 取引……? あぁ、そういえば本をもらう代わりに、俺の使役魔術を教えるんだった。

 俺は魔石を握りしめ、〈隷属化エスクレイボ〉の魔法陣を展開させる。


「どうだ? 理解できるか?」


 魔法陣をただ真似ても魔術を発動させることはできない。魔法陣に書かれた法則を理解しないことには自分の魔術にすることができない。


「えっと……ちょっと、待って」


 そう言いながら、アウニャは〈隷属化エスクレイボ〉の魔法陣を眺める。


「うん、なるほどね……多分、いけると思う」


 数十秒後、彼女はそう頷く。


「優秀なんだな」


 この短時間で理解できるなんて、並の魔術師なら不可能だろう。


「まぁ、全く知らない魔術じゃなかったし。知っていた魔術をさらに改良したものだったから」


 と、アウニャは謙遜した。

 僕が会長からもらった魔術は〈隷属化エスクレイボ〉と〈魂を魔力に変換コンヴァシオン〉の2つだ。

 そのうち、〈隷属化エスクレイボ〉は往来のものをさらに改良したものに過ぎない。

 対して、〈魂を魔力に変換コンヴァシオン〉に関しては会長独自の魔術構築がなされていた。

 だからこそ、貴重度でいえば〈魂を魔力に変換コンヴァシオン〉のほうが上になるだろう。

 だから、〈隷属化エスクレイボ〉を教えることに関しては大した抵抗はなかった。


「他に必要なことはあるか?」

「そうね。まず、学院に戻りましょ」

「ん? ここでするんじゃないのか?」


 てっきり、アウニャとミレイアが悪魔降霊するための魔法陣を描いていたため、ここでするもんだと思っていたが。


「学院の敷地内でやったほうがアゾット剣の加護を得られるからね。ここでやるより、ずっと安全でしょ」


 学院にはアゾット剣という聖遺物があり、敷地内にいるだけで加護を得られる。

 具体的には、死にづらくなるという加護だ。致命傷を受けづらくなったり、自然治癒力が向上したりと様々な恩恵がある。

 確かに、これから悪魔に乗っ取られたアウニャと戦う可能性があるのだから、学院の敷地内に移動したほうがいいのは当然といえた。


 そんなわけで、俺を含めた三人は再び魔導列車を使って、学院に戻った。

 列車の中では、アウニャとミレイアは悪魔降霊の魔術構築の復習を、俺は早速『電気と磁気に関する論文』を読んでいた。


 そして、学院に着いた俺たちは、戦っても問題なさそうな原っぱで準備することにした。


「これで私のことを縛ってほしいのよね」


 そう言ったアウニャの手にあったのは縄だった。これで、体を縛れってことだろう。


「なんのために?」

「悪魔に乗っ取られたさい、暴れないようにするためよ。まぁ、気休め程度にしかならないと思うけど」


 そう言われて、納得する。

 とはいえ、実際に悪魔に人格を乗っ取られた場合、縄ごとき簡単に引き千切られるだろうから、大した意味はないとは思うが。

 アウニャの言う通り、気休め程度の効果しかないのだろう。


 それから、アウニャは腕と足首を縄で固定した状態で、魔法陣の中央に立ち尽くす。


 これで、アスモダイを召喚する準備は全て整った。

 それから、アウニャは目を閉じ、魔法陣の最後の仕掛けに取り掛かり始めた。

 こうなったら、俺とミレイアは見守っているしかない。


「ミレイアはなんで協力をしているんだ?」


 ふと、雑談のつもりで話しかける。


「アウニャちゃんと仲が良いというのももちろんありますけど、それよりもアスモダイという偉大な悪魔を降霊させたらどうなるのか、単純に興味があるからですかね」

「やっぱりアスモダイを降霊させるのは大変なのか?」

「そうですね。下手な魔術師がやれば命を落とすと思いますよ」

「ふーん、アウニャは大丈夫なのか?」

「アウニャちゃんは優秀なので命を落とすことはないかと。ただ、乗っ取られる可能性は高いです。そうなったら、私たちで無力化させる必要があります。ていうか、そのために、アベルくんを呼んだってのもありますし」

「俺を戦力に数えるのは困る。戦いはあまり得意ではない」


 俺はどちらかというと、研究に没頭するタイプの魔術師だ。戦うのは苦手なほうだ。


「卑下するのが美徳だと思っているなら、やめたほうがいいと思いますよ。ただ、イラつくだけですから」


 なぜか、ミレイアが冷たくそうあしらった。

 卑下したつもりなんかなく、ただ本心を口にしただけなんだが。


「にしても、なんでここまでしてアウニャは悪魔を召喚するんだ?」


 強くなりたいって理由だけでは、いかんせんリスクが高すぎる気がする。


「なんとしてでも、勝ちたい相手がいるそうですよ」

「ふーん、それは誰だ?」

「プロセル・ギルバートさんって方だそうです。アウニャちゃんにとって、ライバルなんですって、その方が。そういえば、アベルくん、プロセルさんと名字が一緒ですね? 親戚とかだったりして?」

「いや、ただの偶然だと思うぞ」


 プロセルから兄妹ってことは隠せって言われているから、テキトーに誤魔化す。

 にしても、そうか。

 アウニャは俺の妹をライバル視しているんだな。


「その、強いのか? その、プロセルってうやつは?」

「まぁ、恐らく、私たちの学年で1位か2位じゃないですか? 私も強いってことしかわからないので、そこまで彼女にくわしいわけではないんですけど」

「そうなんだ……」


 けっこう有名なんだな、俺の妹。

 お兄ちゃん、鼻が高いぞ。


「さて、動くようだな」


 見ると、アウニャは魔法陣を完成していた。

 あとは、呪文を唱えるだけ。


「〈降霊インバケーション――アスモダイ〉!!」


 すると、アウニャの体が変化が訪れる。

 具体的には、二本の角が生え、入れ墨が肌に刻印されていく。さらには、爪が牙のような形に変異し、しっぽまで生えてきた。


「……私を地上に呼び出すとは、とんでもない不届き者がいるようね」


 あー、これはやっぱりというべききなのか、悪魔のアスモダイに体を乗っ取られているな。


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