―54― 蔵書庫

「ここが私の実家よ!」


 アウニャが指し示した先には、豪邸があった。ひと目で金持ちの家だとわかる。

 それと、駅を降りたときから思っていたが、アウニャの実家、俺の実家に近い場所にあるんだな。

 ここからなら、歩いて実家に帰ることができるな。


「おかえりなさいませ、アウニャお嬢様。それと、ようこそいらっしゃいました、アウニャ様のご友人方」


 使用人らしき人物が出迎えてくる。流石、金持ちの家だな。


「私、使用人なんて初めて見ました……」


 隣でミレイアが目を丸くしていた。


「ほら、二人とも早く中に入って」


 先に進んだアウニャが俺たちを手招きしているので、それに従って中にお邪魔することに。

 荷物などをおろすと、今回目的の闇魔術の研究をすべく、書庫に向かう。


「この量はすごいな……」


 アウニャ宅の書庫に入ってはその蔵書の数に俺は感嘆した。

 この量なら、学院の図書室にも引けをとらないのではないだろうか。


「私たちエーデッシュ家は、悪魔の魔術に関する魔導書が禁書扱いされていた時代から、その魔導書を大事に守ってきたわ。だから、悪魔に関する魔導書なら、ここ以上に揃っている場所はないでしょうね」


 昔、悪魔を使役する魔術は禁術として、長らく禁止されてきた。ゆえに、それに関する魔導書も禁書として指定され、多くの本が処分されていった。

 だが、どうやら、この家はそれでも悪魔に関する魔導書を守ってきたらしい。

 ならば、俺が見たことがない魔導書も数多く眠っているはずだ。

 俄然、興味が湧いてきたな。

 ちなみに、禁術扱いされていた悪魔の魔術は今では合法となっているが、合法になったきっかけは賢者パラケルススも悪魔を使役していたという証拠が発見されたからだ。

 実際、悪魔は接し方を間違えなければ、人に有益をもたらす存在に違いない。


「そして、これが私が新しく使役したいと思っている悪魔に関する魔導書よ」


 その魔導書は蔵書の中央に立てかけて置いてあった。

 見るだけで禍々しいオーラを放っており、強力な悪魔に関する魔導書なんだとひと目で察知できる。


「なんの魔導書なんだ?」

「ゲーティアシリーズ第32巻、アスモダイよ。聞いたことぐらいはあるでしょ」


 アスモダイ。非常に有名な悪魔だ。

 7つの大罪と呼ばれる『色欲』を司る最強格の悪魔。だが、術士に対して反抗的なことでも知られ、扱うには注意が必要とされている。


「随分と危険な賭けをするんだな」


 悪魔に気に入られなければ、最悪術者本人が殺される可能性もある。


「だから、あなたたちを呼んだわけ。特に、アベル。ミレイアから聞いたけど、あなた使役魔術が得意なんだって?」

「まぁ、それはそうだな」

「なら、協力しなさい。もちろん、ただでとは言わないわ。欲しいもの、なんでも言ってもいいわよ」

「そうだな。ひとまず、ここにある蔵書を見てきてもいいか。それで、俺が欲しい魔導書があれば、それで取引とかどうだ?」

「まぁ、あげることができない本も中にはあるけど、ひとまず、それでいきましょ」


 こう見えて、俺はさっきからずっとソワソワしていた。早く、ここにある魔導書を読めるだけ読みたい。


「じゃあ、私とミレイアは、外で召喚の儀式の準備を行っているから、その間、あなたはここにある本を見てきてもいいわよ」


 と、許しも得たことだし、俺は駆け足で大量にある本棚へと向かった。

 ふむふむ……こうして見ると、見たことがない魔導書が多いな。それに、昔に刊行された本が多い印象を受ける。

 それだけ、この家は本を大事に扱ってきたのだろう。


「ん?」


 ふと、一冊の背表紙に、視線がとまる。

 視線がとまった理由は単純だ。

 その本は古代語で書かれていた本だったからだ。

 タイトルは『電気と磁気に関する論文』。

 

「は……?」


 思わず声がでる。

 電気と磁気は俺が今、研究しようとしているがぶっちゃけ行き詰まっている分野だ。

 以前、手に入れた『科学の原理』には電気と磁気について曖昧にしかかかれておらず、参考にはならなった。

 それが、この家で見つけてしまうなんて。

 そういえば、アウニャは、この家は禁書指定された本も代々保存するよう守ってきたと言っていた。

 それが、まさか科学に関する本まで保存していたとは。


「科学に関する本か。随分と珍しいな」


 声のしたほうを見ると、そこにはアントローポスが立っていた。


「勝手に出てくるなよ」

「別によかろう。今、この部屋には我とお主しかおらんのだろう」


 確かに、ミレイアとアウニャは外で悪魔を使役するための儀式を執り行っているはずなので、この部屋には俺以外誰もいない。

 だから、アントローポスが勝手に出てきたことを、まぁ、いいかと許しつつ、俺は話しかけた。


「科学を知っているのか?」

「詳しくは知らん。ただ、言葉ぐらいは知っている」

「科学というのは非常に優れた叡智だと俺は思っている。なのに、現代には全く伝わっていない。その理由は知っているか?」

「あぁ、それなら知っているよ。この世界の創造神が嫌いなんだよ。科学が。だから意図的に排除された」

「なんのために?」

「さぁな。そこまでは知らんな」


 ともかく、ここにこの本があったのは幸運だ。

 さっそく家に帰ってこの本を熟読したいところだが。

 その前に、アウニャの用事を終わらせないとな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る