―53― 移動
「アベルくん、こっちですよ~」
「すまない、待たせたようだな」
翌日、待ち合わせ場所の校門前に向かったら、俺が一番最後だったらしく、ミレイアとその友達がすでに待っていた。
「なんで、こいつがいるの!」
ミレイアの友達らしき人物が俺の顔を見るなり、そう叫んだ。
「えっと、お二人は知り合いだったんですか?」
「知り合いもなにも、こいつのせいで私は苦汁を飲まされたのよ!」
友達はそう言うと、苛立った様子で地面に足を叩きつけていた。
「え……っ、そうだったんですか……」
一方、ミレイアは困惑した様子で立ち尽くしていた。まさか、友達がこれほど俺のことを嫌っているなんて、思いもしなかった様子だ。
対して、俺はというと……。
ふむ、どこかで見たことはあるが、誰だっけ?
ミレイアの友達とやらは、俺に対して恨みを持っているということは、知り合いではあるんだろうけど、いかんせん思い出せないな。
「失礼を承知で聞くが、どちら様だ?」
「はぁあああ!? あれだけのことをして、私のこと忘れたってわけぇ!?」
「すまんな……」
相手は激高した様子で、俺のことを睨みつけてくる。
その横で、ミレイアは「あれだけのことって、一体なにをしたんですか……?」とか言いながら、俺に対してドン引きをしていた。
「アウニャ・エーデッシュよ! アウニャ・エーデッシュ! これで、私のことは思い出したでしょ!」
「…………悪い」
うん、名前聞いただけでは、欠片も思い出せそうにないな。
「きぃいいいい!! 受験時の試合で、あなたに負けた生徒だって言えば、思い出すかしら!」
受験で俺に負けたやつだと……? あぁ、思い出した。
「あの、悪魔降霊の」
手をポンと叩きながら、俺はそう口にした。
受験時に、フェネクスという悪魔を自らの肉体に宿して戦った生徒がいたことは非常に印象深く残っている。
そうか、目の前の生徒はあのとき俺に敗北した生徒だったか。
「やっと、思い出したようね……」
げっそりとした様子でアウニャはそう言葉を吐いていた。
にしても、ミレイアとアウニャが友達だったとはな。確かに、どちらも悪魔を使役するタイプの魔術師だし、そういう繋がりで仲良くなったのかもしれない。
「それで、どうします? アベルくんを連れていきますか?」
ミレイアはアウニャに確認をとっていた。
事前につれてきてもいいっていう許可をもらってはいたが、それが恨んでいる相手となれば、やっぱやめた、というかもしれない。
「別に良いわよ。一応、私の研究に協力するつもりできたんだよね」
「あぁ、もちろん協力するつもりだが」
「なら、なにも問題ないわ」
そんなわけで、無事俺は同行する許しを得たようだ。
◆
「ミレイアは、いつからアウニャと仲が良いんだ?」
アウニャの実家に向かうため乗り込んだ魔導列車の中で、ふと、そんなことを聞いてみた。
ちなみに、アウニャはトイレに行くと行って席を立ったので、今、この場にはいない。
「入学してから、何日か後にアウニャちゃんから話しかけてきたんですよ。どうやら、受験時の私の試合を覚えていたらしくて。それで、同じ悪魔使いとして、仲良くしましょうって」
「そうか、二人共ゲーティアシリーズの悪魔を使役していたな」
「はい、そうなんですよ」
ゲーティアシリーズとは、1巻から72巻まで存在する一連の魔導書のことで、魔導書ごとに使役できる悪魔の種類が異なる。
ミレイアが使役している悪魔、フルフルだと34巻、アウニャが使役している悪魔、フェネクスだと37巻がそれぞれ該当したはずだ。
「あの、話が変わりますけど、アントローポスちゃんは今、どうしているんですか?」
ミレイアは周囲に聞こえないよう声量で、こっそり耳打ちしてきた。
「あぁ、それなら、連れてきているぞ」
「えっ……どこにですか?」
ミレイアはキョロキョロと周囲を見渡す。だが、どこにもアントローポスの姿を見当たらない。
「〈霊域解放〉」
そう小声で呟くと同時、空中に歪みが発生する。
「うぎゃっ!」
歪みの中から真っ逆さまに膝の上に落ちたアントローポスが悲鳴を上げていた。
「おい、人間。どういうつもりだ。いきなり呼び出すとは……っ」
そして、膝の上で体勢を立て直すと、俺のことを睨みつける。
「俺の命令でアントローポスが霊域を展開するよう隷属化の術式に組み込んだんだよ。そんで、その中に閉じ込めている」
「そうなんですか」
感心したようにミレイアは頷く。
ちなみに、全盛期のアントローポスなら、霊域内を好きに改変することができたが、力を失ったアントローポスでは霊域をただ開くことしかできないらしく、霊域内はただの広い空間としてしか使えない。
まぁ、それでも十分便利ではあるんだが。
「おまたせしたわね」
見ると、用を済ませたアウニャが近づいてきていた。
このままだとアントローポスの姿が見られてしまう。もし、見られたら、説明に苦労しそうだ。
「〈霊域解放〉」
なので、アントローポスが真下に落下するように、霊域へのゲートをつくる。
「うぎゃっ!」と悲鳴をあげながら、アントローポスが落下していった。
「ねぇ、今、悲鳴が聞こえなかった?」
ふと、アウニャが席に座りながらそう告げる。
アントローポスの姿を見られなかったらしいが、声は聞こえてしまったらしい。
「気のせいじゃないか。ミレイアもなにも聞こえなかっただろ」
「は、はいっ、なにも聞こえませんでした」
「そう? 確かに聞こえたけど、おかしいわね……」
「あぁ、それなら、ミレイアがしていた猫の鳴き真似だな。ほら、もう一回『にゃー』って鳴いてみろ」
「えっ? わたしですか?」
「あぁ、ミレイア以外誰がいる」
「え……えと、にゃ、にゃぁああー」★
ミレイアが照れてるのか俯きながらそう口にする。
ぶっちゃけ、あまり似てないな。
とはいえ、ミレイアが俺の無茶ぶりに付き合ってくれたおかげで、アウニャに説明することができる。
「多分、この声が聞こえたんだろ」
「確かに、こんな声だったかも」
どうやら納得してもらえたようだ。
「でも、なんで猫の鳴き真似なんてやっていたの? 意味わかんない」
どうやら、別の問題が発生したらしい。
さて、なんて説明すべきか。
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