―48― 救済

「結局、今のアントローポスちゃんってどういう状態なんですかね?」


 皆が落ち着いた頃合いに、ミレイアがふと、そう呟く。

 アントローポスはというと、不貞腐れた様子でベッドに腰掛けていた。


「恐らく、偽神としての力をほとんど失っているな。もし、偽神の力が使えるなら、俺を殺すのに使わないわけないからな」

「つまり、今のアントローポスちゃんは安全ってことでいいんですか?」

「恐らく、そういうことでいいだろうな」


 今のアントローポスは一般的な魔術を使える様子もないし、見た目通りの少女としての力しかないはずだ。


「なぁ、アントローポス。いくつか聞きたいことがあるんだが」

「ふんっ」


 と、アントローポスはそっぽを向く。


「質問に答えないなら、激痛を与えるが」

「わ、わかった! 答えるから! 聞きたいこととはなんだ?」

「この世界について、お前の知っていることを全て話せ」


 俺が偽神を自分の使い魔にした一番の理由。

 それは偽神の持つ情報を全て手に入れるためだ。


「世界について、と言われてもな。もう少し、質問を絞ってくれ」

「そうだな、まず、お前ら偽神が人を殺す理由はなんだ?」

「魂を救済するためだ」

「救済だと?」


 どういうことだか、わからず。思わず聞き返す。


「あぁ、救済だよ。本来、魂というのはもっと自由な存在なんだ。だというのに、肉体という枷に縛られているせいで、お前らは日々苦痛を強いられている。だから、殺すことで肉体から解放してやってるんだよ」

「待て、意味がわからん。もっと、理解できるように話してくれ」

「ふんっ、物分りの悪い人間だな。いいか、我々には至高神という存在がいる」

「至高神って、この世界を創った神のことか?」

「待て、そう結論を急ぐな。至高神とこの世界の創造神は全く別の存在だ」

「至高神は創造神より偉いのか?」

「偉いというか……そもそも至高神によって創造神は創られたからな。偉いといえば、偉いだろうな。いいか、至高神というのは、一番最初に顕現した神だ。その至高神は、完璧な世界――イデア界と9体の配下を創った。その配下というのは、我々偽神のことだ」


 ふと、ひっかかりを覚える。

 偽神は8体しかいないはず。なのに、今、9体と言った。一人多いことになるな。


「ああ、察しの通り9体目の配下こそ、この物質界を創った創造神のことだよ。創造神は、欲に溺れ自分の世界を創ってしまったんだ。だが、創られた世界はあまりにも不完全で、醜悪で、見るだけでもおぞましい世界だった。もう、わかっているだろ? その不完全な世界というのは、まさにこの物質界のことだよ」

「はぁ」


 と、ミレイアがため息をつきながら首を傾げていた。

 絶対に話を理解していないな、こいつ。かといって、俺自身もまだ理解できていないんだが。


「つまり、お前ら偽神からすれば、この世界は生きているだけで地獄のような世界だってことか」

「現にその通りだろう。戦争とか飢饉とか病、犯罪、暴力、差別……この世界はありとあらゆる苦痛で満ち溢れている。だから、殺すことで、この最悪な世界から解放してやっているんだ。といっても、ただ死ぬだけでは、再び魂はこの世界に転生という形で囚われてしまう。救済するには、我々偽神の手で直接殺す必要がある」

「お前らの言い分はわかった。だが、俺たち人間はお前らに殺されることを望んでいない」


 確かに、偽神の言う通り、この世界は苦痛で溢れているかもしれない。

 だからって、死にたいとは思わない。俺たちは生きていることで、なにかしらの幸せを感じることができるのだから。


「それは、この世界を創った神が、死を最悪の苦痛になるように設定したからだ。お前ら人間をこの世界から逃れられないようにするためにな」


 そう言われてしまうと、言葉に窮する。

 死にたくないという意思そのものが創造神によって創られたものだといわれたら、生きる意味を見失ってしまいそうだ。


「つまり、お前ら偽神の目的は全人類を殺すことで魂を救済することか?」

「まぁ、端的に言うとそういうことになるな」


 正直、納得はできないな。というのも、俺はこの世界が嫌いではないからな。

 だから、偽神の言うことが全部本当だとしても、死のうとは全く思えない。


「もう1つ質問がある。魔術とはなんだ?」


 原初シリーズには、魔術とはこの世界の理の一端と書かれている。

 だから、世界の法則をより知ることで魔術もより洗練されると。

 だが、実際には科学によって浮かび上がった世界の法則と原初シリーズに書かれている法則には大きな乖離があった。


「魔術とはなにか。実に抽象的な質問だな。まぁ、世界の法則を歪める手段とでもいうべきかな」

「ちょっと、待ってください」


 唐突にミレイアが口を挟む。


「魔術が世界の法則を歪める手段ってどういうことなんですか? 魔術は世界のことわりそのものだと思うんですけど」


 ふむ、どうやらミレイアだけが、この場で唯一理解していないらしい。


「貴様が説明してやれ。どうせ知っているんだろう?」


 と、アントローポスが俺に対し語りかける。

「そうだな」と俺は呟き、ミレイアに説明を始めた。


「簡単に言うと、賢者パラケルススが書いた原初シリーズに書かれている法則が、根本的に間違っているんだよ。代表的なのだと、四大元素とかな」

「え……っ、そうなんですか?」

「だが、魔術師たちは間違った法則を元に魔術を発動させることができてしまうからな。つまり、魔術というのは、法則そのものを歪める力があると考えるのが自然だ」

「にわかには信じられないですが……」


 そりゃ、すぐ信じることは難しいだろう。

 ふむ、そのうちにミレイアには俺が発案した科学をベースとした魔術理論を教えてもいいかもしれない。

 俺以外の魔術師でも問題なく行使できるか、試したいと思っていたしな。それなら、色々と事情を知っているミレイアが一番適任だ。


「アントローポス、俺が聞きたいのは、なぜ、人々の間に原初シリーズが真実として広まっているのか? ということなんだが」

「さぁな。創造神がそうなるよう仕組んだんじゃないのか」


 アントローポスは投げやりな感じで答える。

 どうやら詳しいことまでは知らないらしい。

 まぁ、アントローポスがいくら偽神だからといって、何でも知っているとは限らないか。

 それに、十分いろんなことを聞けたしな。

 俺は満足していた。


「あと、1つ聞いてもいいか?」

「ふんっ、なんだ?」

「偽神ゾーエーの呪いを解く方法についてだ。なにか知っていないか?」


 妹にかけられた、偽神ゾーエーの呪い。それを解くためならば、俺はあらゆる手段を講じるつもりでいる。


「ゾーエーの呪い? そんなの我が知るはずがないだろ」

「……本当に知らないのか? 知っているのに、喋らないってことなら、今すぐ全身に激痛を与えるが」

「ほ、本当に知らないんだ! 他の偽神とは、あまり交流がないからな。だから、そんなことを聞かれても困る!」


 慌てた様子でアントローポスがまくしたてる。これは本当に知らないとみて良さそうだな。

 妹のゾーエーの呪いを解くには、まだ時間がかかりそうだ。


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