―49― 思惑

「部屋で大人しくしていろよ」


 寮の部屋に出るさい、アントローポスにそう告げる。

 アントローポスは「ふんっ」と鼻を鳴らすだけで、肯定も否定もしない。

 とはいえ、俺の命令には逆らえないはずなので大丈夫だろう。


 俺は寮を出ると教室ではなく、生徒会室に真っ先に向かった。ある人と会うためだ。


「アベルくんじゃないですか~。こんな朝早くにどうしたんですか?」


 扉を開けると、生徒会長、ユーディット・バルツァーがのほほんとした調子でそう口にした。


「この前のお礼をしに来ました。会長のおかげで、無事解決したので」

「そうだったんですね~。それはよかったです」


 先日、俺は偽神アントローポスを使い魔にするために、会長の使役魔術に関する研究資料を見せてもらったのだ。

 結果、俺は使役魔術を習得し、無事、アントローポスを使い魔にすることに成功した。


「ですが、アベルくん。あのことはもちろん……」

「ええ、わかっていますよ」


 会長の言葉に重ねるように、俺はそう口にした。

 あのこととは、会長と俺が交わした血の契約についてのことだ。

 会長の研修資料を見せてもらう代わりに、会長は対価を要求した。その対価を受け入れた俺は、会長と血の契約を結んだのだ。

 血の契約でかわした約束は絶対。もし、破れば、最悪、死をもって償う必要がある。

 と聞けば、物騒な契約だが、より正確には、契約を反故した場合、俺の生殺与奪の権利を会長が握ることができるというものだから、会長が望めば俺は死ぬが、逆に望まなければ俺は死ぬことはない。

 とはいえ、会長がなにを考えているかわからない以上、契約を遂行するつもりではいるが。

 ちなみに、その契約の内容は――


「では、今度行われるクラス対抗試合、アベルくんはDクラス代表として出場し優勝してくださいね」


 この学院では、定期的に評価ポイントを賭けた試合が行われる。この前、行われたチーム戦もその一つだ。

 そして、まだ正式には告知されていないが、毎年、チーム戦の次はクラス対抗試合が行われるのが通例らしい。

 そのクラス対抗試合で優勝をしろ、それが会長が俺にもとめた対価であった。


「アベルくん、意外と余裕そうですねー。Dクラスの生徒がAクラスの生徒をはね除けて優勝するのは難しいと思いますが」

「確かにそうかもしれませんが……」


 Aクラスには強い生徒が多い。主に俺の妹とか。


「まぁ、なんとかなると思いますよ」


 クラス対抗試合まで、まだ期間はそれなりにある。それまでに、準備を整えれば問題ないだろう。


「それより俺は、会長がなぜ、そこまでして俺を戦わせたいのかのほうが気になりますけどね」


 正直、対価として釣り合っていないと思う。それほど、会長の研究資料が貴重なものだった。


「わたくしは単純にアベルくんの魔術が気になるからですよ。だから、公の場で戦わせて、その正体を探りたいのです」

「だったら、対価として俺の研究資料を要求すればよかったのではないですか?」

「それだったら、アベルくんは取引に応じてくれなかったでしょ?」


 そう言って、会長は俺の目を一瞥する。

 確かに会長の言う通り、俺の研究資料は安々と他人に見せられるものではない。

 なぜなら、俺の研究資料は魔術師にとっては常識でもある原初シリーズを否定するもの。もし、見せたら異端認定を受けてしまう可能性が高いからだ。


「なんともいいかねますね」


 とはいえ、はっきりと肯定するわけではなく曖昧にお茶を濁しておいた。





 アベルが生徒会室からいなくなった後、会長のユーディット・バルツァーは「ふう」と息を吐いて席に腰をおろす。


(これで、少しでも彼の魔術の深奥に近づければいいのだけど)


 アベルとバブロの一年生同士が魔術戦を行った際、アベルの見せた〈|氷の槍《フィエロ・ランザ》〉。

 アベルのそれが通常の〈|氷の槍《フィエロ・ランザ》〉と大きく異なることに気がついてから、彼女はそのことばかり考えていた。

 あの魔術は一体なんなのか? 様々な可能性を探った。

 その中には、アベルが異端の可能性も追った。

 異端。この世界の理から外れた神に反逆することを企む存在。その異端の行う魔術なら、既存の魔術で説明できなくても当然のように思える。

 だが、アベルの特徴は異端者と大きく異る。

 異端者というは、我々魔術師には理解できない異能の力を使うものだ。

 アベルの魔術は見た目上は、他の魔術師が使う魔術とそう違いはない。

 だからといって、アベルが異端の可能性は全く拭えないわけではないが、低いように思えた。

 ともかく、彼の魔術の正体を探ろう。

 クラス対抗試合にて、全力を出さなくては優勝なんて手は届かない。それだけ、この学院の生徒たちは優秀だ。

 その際、アベルの魔術が衆目に晒される。そうなれば、なにかがわかるしもしれない。

 そして、もし、アベル魔術が特別なものだとわかれば――


 ガチャリ、と扉が開く。

 てっきり、他の生徒会のメンバーが入ってきたんだとユーディットは考えていた。

 だが、入ってきたのはユーディットにとって意外な人物だった。


「が、学院長がどうしたんですか?」


 そう、入ってきたのは学院長だった。

 背が高く髭を蓄えた男性だ。プラム学院の学院長を務めているだけあって、その実力は折り紙付きだ。

 その学院長がどうして生徒会室なんかに来たんだろう。

 滅多に来ないのに。


「少し、野暮用があってね」

「野暮用ですか……」


 そう口にして、学院長の次の言葉を待った。


「さっき、彼とすれ違った。確か、アベル・ギルバートくんだったか。彼とは仲がいいのかね?」

「えぇ、そうですけど……」


 どうやらアベルが生徒会室を出たところも見られたらしい。


「それはちょうどよかった。実は彼に関することで相談があったんだ」


 そう言って、学院長は笑った。


「彼は異端者の疑いがある。その証拠集めに生徒会として協力してほしいんだ」



 その言葉を聞いた瞬間、思わず目を見開いてしまう。

 確かに、彼の魔術は異様だ。しかし、だからといって、異端者だと決めつけるのは早計だと思うが。


「なにか証拠はあるんですか?」


 慎重に言葉を選びながら、そう言う。


「決定的な証拠はない。だが、彼の魔力がゼロであったり、受験時に見せた異様な魔術であったり、疑うには十分の材料があると思うが。それに、最近、有力な証拠を入手したばかりなんだ」


 確かに、異端者は偽神の力を借りることで、魔力のあるなし関わらず魔術のことわりから外れた異能を使うと言われている。

 だから、アベルをそう疑うのも理解できなくはない。


「わかりました……協力します」


 とはいえ、自分は所詮生徒会長。学院長には逆らえない。

 なので、渋々ではあったが了解した。


「そうだ、君に紹介しておくよ」


 その言葉と同時に、生徒会室の扉が開かれる。

 入ってきたのは一人の生徒だった。


「彼女には、アベルくんの調査を一任している。もし、なにかわかったら、彼女に知らせてくれ」

「その、彼女はいったいなんなのですか?」


 一見、ただの生徒にしか見えない。

 その生徒が、なぜ学院長に協力しているんだろうか。


「あぁ、彼女は人間ではない。僕が召喚した霊体だよ」

「え……っ」


 驚かずにはいられなかった。

 自分が召喚した霊体を生徒として潜り込ませるなんて。常人の発想ではない。

 さすが、学院長に上り詰めた男というべきか。


「そういうわけだから、よろしくね」


 そう言って、学院長は悪戯な笑みを浮かべた。


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