第二部
―46― 偽神
千年前、賢者パラケルススという一人の男によって、それまで曖昧だった魔術という概念を体系化させ、学問と呼ばれるものへと昇華させた。
ゆえに賢者パラケルススは、魔術の祖でもあり、史上最高の魔術師でもあると誰もが認めている。
彼によって、この世に生み出された原初シリーズと呼ばれる7冊の魔導書。この魔導書には、魔術にとって必要な理論すべてが残されている。
ゆえに、原初シリーズすべてを理解できれば、この世の理すべてを理解できる。
というのが、以前の俺の認識だった。
つい最近俺は『科学』という概念を知った。
そのおかげで、原初シリーズにいくつもの矛盾を見つけてしまった。
端的に説明すると、原初シリーズに書かれた魔術は現実の物理現象と非常に乖離している。
そのため、今までの魔術構築には無駄が多く、必要な魔力も膨大となってしまっている。
対して、俺が新しく開発した科学をベースにした魔術は必要な魔力量が非常に少なくすむため、魔力がゼロの俺でも難なく魔術を行使できるわけだ。
まぁ、魔石で魔力をある程度補う必要はあるんだがな。
とはいえ、この世界にはまだ謎が多い。
妹の呪いを解くために、〈賢者の石〉を生成する必要があるのだが、そのためにも世界の謎を解明するのが1つの近道な気がする。
その謎を解く手がかりが、この前〈
だからこそ、彼女から知っていること全てを聞き出そうと思ったわけなのだが、
「いい加減、諦めたらどうだ?」
嘆息しつつ、俺はそう口にしていた。
ここは学院の寮における俺の部屋。
目の前には、偽神アントローポスが床にうずくまっていた。
「こ、ろ、す……ッ」
アントローポスは音節ごとに強調しながら、殺気を俺に対し撒き散らしている。
実際、さっき殺されそうになったわけだしな。
「これで13回目だな」
13回とは、アントローポスが今まで俺を殺そうとした回数だ。
アントローポスを隷属してから3日が経とうとしていたが、この3日間、アントローポスは俺を何度も殺そうと画策してきた。
例えば、俺が寝ている隙に紐で首を締めようとしてきたり、後ろからナイフで刺し殺そうとしてきたり、窓を開けようとしたとき後ろから押し倒して2階から落とそうとしたり、方法は様々だ。
隷属された者が主人から解放されるには、主人の意思によって隷属の魔術が解かれるか、主人が死ぬかのどちらしかない。
だから、彼女は俺を殺そうとするわけだが。
「なぁ、アントローポス。頼むから、俺に協力してくれないか?」
うずくまっているアントローポスを見下ろすような姿勢で俺はそう口にした。
俺としては、アントローポスが協力的になってくれたら、この上なくありがたいのだが。
どうすれば、彼女は協力的になってくれるのだろうか? 考えてみるが、特にアイディアは思いつかない。
「ふ、ふぐぅ……」
アントローポスからうめき声のような声が聞こえる。
見ると、彼女は目を真っ赤に腫らし涙を流して始めていた。
「なんで、偽神である我が……っ、人間にこんな屈辱的なことをされなきゃいけないのだぁ……っ」
なんか本格的に泣き始めた。
客観的に見て、今の偽神はどこからどう見てもただの少女だ。その少女を泣かしているときたら、流石に罪悪感のようなものが芽生えてくる。
「お前が俺を殺そうとするから、こうして動けないようにしているのであって、それをしないって約束するなら、今すぐにでも使役状態を解くが」
アントローポスは〈
使い魔というのは主人に逆らうことができない。
こうしてアントローポスが横に這いつくばったまま動かないのは、俺が動けないように命じたからだ。
「もう、殺すのをやめる……」
涙声で彼女はそう訴えかける。
「そうか」
俺はそう頷くとと同時に、彼女を使役状態から解放する。
すると、動けるようになった彼女はゆっくりと立ち上がる。今のアントローポスは自由に動ける状態だ。
これでやっと、アントローポスから命を狙われる生活から解放されるのか。
「ふんっ、バカめっ! 今のは演技だよ、人間! 簡単に騙されおって、今すぐ、殺してやる!」
「――は?」
涙目から一転、ゲスな笑みを浮かべたアントローポスが、恐らく隠し持っていたフルーツナイフを手に、俺に襲いかかろうとしていた。
「――動くな」
それに対し、俺は冷静にそう呟く。
途端、彼女は「ふぎゃ!」と、鳴き声のような声を出しながら、その場で床に這いつくばる。
お前、バカなのか? と言おうとして、飲み込む。
殺すなら、せめて、もう少し隙をつくような努力をしろよ、と言いたい。
「クソッ、人間が! いつか、絶対に殺してやるッ!」
憎々しげに叫び声をあげる。
さっきまでの涙はどこにいったのか?
この偽神を懐柔するには、もう少し時間が掛かりそうだ。
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