―40― 鍵
窓辺からは朝日が差し込もうとしていた。
俺はミレイアの研究資料を解読にあたっていた。徹夜になってしまったが、なぜだか体力が落ちる気配はない。
その解読にあたって、図書室で借りた『ホロの冒険』をまず読んだ。
魔導書ばかり読んでいた自分にとって、小説と呼ばれるジャンルに触れることは新鮮な経験だった。
読んだ感想は、特にない。
強いて言うならば、こんな物語が世間には好まれるんだな、という理解だろうか。自分には小説を楽しむ感性が欠けているのかもしれない。
しかし、『ホロの冒険』を読むことはミレイアの研究資料を解読するにあたって非常に重要なことだった。
ミレイアの言動から察するに、どうもミレイアは俺に暗号を解読して欲しそうな言動が節々に見られた。
そうじゃなきゃ、俺に貴重な魔術資料を渡すような真似をしないしな。
さて、暗号を解読するにあたって地道におこなってもいいのだが、それだと時間がかかりすぎる。
もし、ミレイアが俺に暗号を解読して欲しいと思っているならば、どこかにヒントを残しているんじゃないかと俺は推察した。
そして、唯一ヒントとしてあり得そうなのがミレイアが好きと言っていた小説『ホロの冒険』である。
そこで俺は『ホロの冒険』を借りて、ミレイアに見せてから暗号について尋ねた。
そして得られたミレイアの返事は曖昧に濁していたとはいえ、肯定と捉えていいだろう。
そういう経緯で『ホロの冒険』を読破したわけだが、ぶっちゃけ本の内容そのそもは暗号解読に役に立たない。
重要なのは――
「見つけた」
俺が指さしたのはある一文だった。
『アッシュの死は決して無駄なんかじゃない』
主人公のホロが悪役に対して放った言葉だ。
アッシュというのは、確かホロのことを守って死んだ仲間だったか。
内容はともかく、この一文が暗号を解く
ちなみに、
あとは
そうすることで、徐々に解読済みとなった研究資料が表面化していく。
そうして俺はミレイアの研究資料を読みふけった。
「実におもしろくないな」
『ホロの冒険』と違い、研修資料は大変おもしろいものだった。
「しかし、これは色々と準備が必要になるかもしれないな」
すべてを読んだ俺はそんなことを口にする。
ふむ、俺にはなにが足りないんだろう。
自分の欲求を満たすために、俺は考えを巡らせていた。
そして、あの人なら俺の持っていない物をすべて持っていることに気がつく。気がかりなことといえば、あの人が俺に教えてくれるかどうか。だが、それは交渉でなんとかなるだろう。
「そろそろ登校時間だし、今なら会えるかもしれないな」
そう言って、俺は自分の部屋を出た。
◆
「あら、アベルくんじゃないですか~。こんな朝早くにどうしたんですか~?」
ミレイアの研究資料を解読した後、俺が尋ねた先は、生徒会室だった。
まだ登校時間にしては朝早いということもあって、部屋には生徒会長しかいないようだ。
「どうしても会長に会いたい理由ができまして」
「もしかして、生徒会に入ってくれる気になってくれたんですか~」
「いえ、違いますよ」
「むぅ、だったらどんな理由があると言うんですか?」
「単刀直入に言います。俺に、会長の研究資料を見せてください」
「ん~、それは、どういうことでしょうか……?」
会長は困ったような表情をしていた。
それはそうだろう。魔術師にとって、自分の研究資料は命よりも大事なものだ。それを他人に安々と見せるなんて、あってはならないことだ。
「対価なら払います」
前のめりになりながら、俺はそう口にしていた。
「対価ですが。魔術資料を見せるんですから、それなりの対価を要求してもよろしいということですか?」
「ええ、もとよりそのつもりで来ました」
そう言うと、生徒会長は考えた素振りをする。
恐らく、相当なことを要求してくるだろう。とはいえ覚悟はできている。会長の研究資料を見ることができるなら、俺はなんだってしてもいいとさえ思っているんだから――。
「でしたら――」
と、前置きをしてから会長は言葉を述べた。
それを聞いた俺は、思わず――
「そんなことでいいんですか?」
と聞き返してしまった。
「ふふっ、もしかしてアベルくんはわたくしのことをもっと意地悪な人だと思っていたんですか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「では、決まりですね」
そう言って、会長は机から一枚の用紙を取り出す。
見た瞬間、それがなにかわかった。
「では、血の契約をかわしましょうか」
お互いの血を垂らしてかわす契約。
かわしたら絶対に契約を守らなくてはならない。
悪魔と契約するさいによく用いられるが、人間同士でももちろん可能だ。
とはいえ人同士の約束事で血の契約をするなんて滅多にないが、自分の研究資料を他人に見せるのだから、それをする権利は十分ある。
それから俺と会長は血の契約をかわした後、無事会長の研究資料を手に入れることができた。
この研究資料こそ、これから俺がしようとすることの大きな鍵になるはずだ。
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